逆姫のご利益
前向きな思いが報われたのか。
侯爵家との問題が無事に一段落つくと、それを見計らっていたかのように名家の子息たちが我こそはと次々に名乗りを挙げた。縁談の話はいくつもディアモント家へと舞い込んだ。
今度こそ縁談がまとまる。
リリーナだけでなく両親も兄も、そう思い、期待を抱いたに違いない。
それがどうしたわけか、当時七人もいた候補者たちの誰一人として上手くは行かなかった。
リリーナが思わせぶりな態度で彼らを焦らしたり、気持ちを試すようなことをしたのならまだ分かる。けれど一人ずつと真剣に向き合い、話を進めて行くうちにどんどん雲行きが怪しくなった。
「すまない……運命の相手を見つけてしまったようなんだ」
「申し訳ないが心惹かれる令嬢が出来てしまった」
「非常に言い出しにくいのだが……」
一人、また一人と、示し合わせているのかと思うほど、同じような理由で婚約の話を白紙に戻して欲しいと言い出した。
だけど、最初の侯爵家嫡男も入れたらこれで八人連続である。挙句の果てには当人には不名誉な二つ名なんてものさえ、まことしやかに囁かれはじめた。
社交界は広い。けれど同時に狭くもある。
自分に関する噂は望まずとも耳に入って来ていた。本人のいる場所で聞こえよがしにわざと噂話をする、お世辞にも上品な態度とは言い難い行動を取る人物はいるものなのだ。
候補者たちが去って以降も婚約の申し込みは時折あった。でも、すでに正確な出どころが不明の噂が流れていた為、まとまるまで表には一切出さないという当事者同士の間で決められた。
相手とはパーティーで会話をしたことは一度もない。
そういえば親しそうにしていた。そんな気配を微塵も感じさせずにいたにも拘わらず、破談になるとどこからともなく「今回"も"破談に終わった」と噂が流れた。
早い段階で、噂の出どころをしっかりと追及しておくべきだったのかもしれない。ただ、あくまでも中傷ではなく根拠のない噂話でしかなかったから、どう対処したら良いのか分からないというのもあった。
(私に婚約を申し込めば、運命の相手が見つかるというのだもの)
彼女に婚約を申し込んだ子息にだけ効力が発揮されるのである。だから短期間に何度も婚約解消をする羽目に陥っているのだ。
最近では他の子息たちとは違う、自分こそは誠実だというアピールを持って婚約が申し込まれたりもするが、結果は何ら変わらなかった。
いくら相手と親しく良い雰囲気になろうとも、婚約という段階になれば他に好きな令嬢が出来たと言われ、ふられてしまう。
中にはあきらかに二つ名の効果を当て込んだ、リリーナからするといくら何でもそれは失礼ではないのかと思うような相手も現れる始末だ。そして、そんな相手にも望み通りの展開になってしまうのだから、なおさらタチの悪い状態である。
そうして、とある日曜日の昼下がり。
良くも悪くも社交界に名を馳せるディアモント伯爵家のリビングでは、一家四人――当主夫妻と嫡男ヘンリー、噂の長女リリーナが揃って顔を突き合わせていた。けれど真昼の太陽さながらに輝く金色の髪とは裏腹に、誰もかれもが一様に浮かない表情をしている。
「はあ……」
何度目だろうか。数えるのは無駄な行為だとすぐに悟らせるほどの頻度で、一際暗い表情をした父の深い溜め息がリビングに響き渡る。
ディアモント家の面々の視線が向けられているのは、テーブルの上に置かれた一枚の紙きれだ。白く滑らかな質の良い紙には達筆な文字で、こう記されている。
『大変申し訳ありませんが当家の長男ビリーと、リリーナ様との婚姻の話はなかったことにさせて下さい。リリーナ様がさらなる良縁のお話と巡り合えますよう、心からお祈りしております』
「これでもう十六回目ですね」
家族全員が死の宣告を喰らったかのように暗く沈む空気の中、最初に口を開いたのはヘンリーだった。若干二十歳にしてすでに父より落ち着いた雰囲気を持つヘンリーは紙の端をつまんで持ち上げ、目の前でヒラヒラとかざしてみせる。
十六回目というのは他でもない。彼の妹であるリリーナの婚約が、こうして書面でもって断りを入れられた回数だ。
そんな貴族たちの認識が改められるのに、さほどの日数はかからないに違いなかった。
「私、何か悪いことをしてしまったのかしら……」
「私の可愛いリリーナに限って、そんなことあるわけないでしょう」
さすがにこんなことが何度も続けば落ち込まずにはいられない。
しょんぼりとするリリーナを母は力強く否定したが、リリーナの心はなおも沈んだまま浮かび上がらなかった。
何しろこれで十六回目のお断りである。
偶然にしては続きすぎだろう。いわくありげな二つ名をつけられているとは言え、どう考えても理由がない方がおかしい。それとも、リリーナは実際に接してみると相手をがっかりさせてしまう令嬢なのだろうか。
「リリーナ、あまり自分を責めてはダメよ」
母は優しく慰めてくれる。
リリーナは力なく頷き返して溜め息をついた。それでもやっぱり、自分に非があるからではないのかという思いは拭えない。
「理由もはっきりとしないままに縁談をお断りされ続けるのも、そろそろ疲れて来てしまったわ。もしかしたら私、気がつかない間にとても失礼なことをして、どなたかの強い不興を買ってしまっていたりするのかしら」
「不興、とは?」
ヘンリーが興味深そうに尋ねて来る。
まさか深く尋ねられるとは思わず、リリーナは適当に思いついたことを口にした。
「例えばの話だけど、結婚どころか婚約すら出来ない……呪いとか……?」
最早一人歩きしはじめている感のある二つ名が、本当に何かの力を得たのだろうか。もしそうなのだとしたら、持ち主のリリーナには何ら良い結果をもたらしてはいない。
ならば不可思議な悪い要素が働いている。そう思った方が気が楽だ。
(もちろん、心からそう考えているわけではないけれど)
実際、人ならざる何かのせいにしたら、ほんの少し心が軽くなったような気がしないでもない。
ところが。
「そうだ呪いだ、これはきっと可愛いリリーナを妬んだ呪いに違いない!」
それまで無言だったディアモント伯爵が突如として大きな声を上げ、勢いよく立ち上がった。バランスを失った椅子が激しく揺れるのも全く意に介さず、テーブルをぐるりと回り込んで可愛い愛娘の両手を力強く、しっかりと握りしめる。
そして今までの鬱憤を晴らすかのように捲し立てはじめた。
「父様が気がつかないばかりに、ずっと可哀想な思いをさせ続けてすまなかったね。どうか無力な父様を許しておくれリリーナ。王都でも評判の凄腕の占い師に見てもらって、その忌まわしき呪いを解いてもらおうじゃないか!」
名案だと自画自賛して何度も頷くディアモント伯爵に手を握られたまま、リリーナは温厚な父の変わりように目を白黒させる。ディアモント伯爵夫人も夫の考えに惜しみない拍手を送って賛同し、兄のヘンリーは頭痛でもするのか額に手を押し当てて眉を潜めた。
リリーナにとっては何の根拠も責任もない、ただの思いつきからの発言だった。
だけど、そこからの行動がその後の彼女を取り巻く状況を大きく変えた。その事実には違いなく、こうした些細なきっかけこそが"運命"と言えるものなのかもしれない。
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