第6話
案の定、風邪をひいた。あの後、先生からも酷く叱られた。反省文と、早朝掃除の罰、内申書への記載、全てを約束されてしまったのだ。
養護の先生に水やりだけはお願いして、一週間も寝込んだ。少し気まずいまま、クラスに顔を出す。ネリはいなかった。そして、同級生たちに挨拶をしても返してもらえなくなっていた。
もともと、同級生と仲が良かったわけではない。だからといって、無視されて傷つかないわけではないのだけれど、わたしにはネリがいればそれでいい。……そうは思っていたものの、私物を隠されたり壊されたり、自分や家族の嫌味を言われたり……なんてしていれば、流石のヨルでも堪える。こんな時にネリがいてくれたら、少しは良かったのだろうけど。どうやらネリは、寮にもいないらしい。同級生には聞ける状況じゃないし、先生も教えてくれない。
心にぽっかりと穴が空いたみたいだった。
何も変わらない……辛いままに、二ヶ月が過ぎた。今や、ネリがいた時間よりも長い時間を一人で過ごした。少し早いクリスマス会は、半分仮病を使って自室で休んだ。窓辺に座って外を眺めていると、灰色に淀めく空からふわふわと雪が降り始めた。クロッカスたちも根を張ったはずだから、水やりは毎日じゃなくていい。もう、冬休みが明けるまでは休んでしまおう。
教会からは上手なのに、聞くに耐えない歌声が流れてくる。ヨルは窓もドアも閉め切って、帰省の準備をした。両親に、サボったことはなんて言い訳しよう。
帰ったその日は両親からはこってりと怒られてしまったが、それ以降は家でゆっくりと過ごすことができた。きっと、お休みが明ければ、同級生たちもヨルのことなんて忘れてしまう。そしたら、ネリも戻ってくる。もう酷いことなんて何も起こらない。
クリスマスは両親と、おばあちゃんと、お兄ちゃんとお兄ちゃんの奥さんの六人で過ごした。奥さんのお腹には赤ちゃんがいる。次の春の休みの時には生まれているはずだから、楽しみだ。
こうして、ヨルが家族と過ごしている間、ネリはどこで何をしているのだろう。ネリも両親やおばあちゃんと過ごしているのだろうか。ネリの電話番号も知らないからお話なんてできないし、住所もわからないからお手紙だって出せない。家族と過ごす冬は温かくて大好きなのに、今年はネリのことが頭の中にこびりついて、深い海の底に取り残されて、そこで温かな光を思い出すみたいに、虚しさが永遠と広がり続けていく。
家族と過ごしたその日の夜、寝る前に寝室で花の図鑑、クロッカスのページを読んでいた。両親からのクリスマスプレゼントだった。
健気なクロッカスたちは、まだ雪の下の土の中で寒さに耐えているのだろうか。冬の間先生の当直があって、週に一回はクロッカスに水をやってもらうようにお願いしてある。今までもそうやって花たちは上手く育ってきた。今年は特にネリのための花畑なのだから、失敗するわけにはいかない。
そんなことを考えているところに、テリアのフィフがトボトボとやってきて足下で蹲る。ヨルは椅子から降りて、フィフの白い背中を撫でてやる。
「おまえは、球根なんて食べちゃダメよ。わたしなんかはネリに及ばないし、おまえはとっても良い子だから」
何もわかってないフィフはヨルの声に顔を上げて、ペロペロと舌を出して、また小さく蹲った。
年が明けて、一月が終わる頃には学院に戻る。
結局、学院に戻ってもネリはいなかったし、一部の人からの無視や嫌がらせが収まることもなかった。当然か、毎年変わらない生活はつまらないだろう。少女たちはせっかく見つけた暇潰しのおもちゃをそう易々忘れるわけがないのだ。今や、彼女たちはヨルが聖歌を軽んじたことなんてどうでもいいのだ。
歯を食いしばるほど悔しいし、憎たらしくてたまらないのだけど、わたしのいない間にネリが来てしまったらと思うと休むわけにはいかないし、何より、ネリの花畑のために、学院には行くしかないのだ。
二月に入って、雪が溶け出す頃。厳しい寒さに耐えたクロッカスたちの可愛らしい芽が出てきた。
良かった、上手くいってるみたいだ。きっとこの彼女に捧げるためのクロッカスが咲いたら、ネリは戻ってくる。そんな気がしてならないのだった。
「あなたたちは、わたしの希望……ネリの化身だわ」
ヨルはクロッカスたちが愛おしくなって、丁寧に水を一人ずつにあげていく。義姉が胎児に声をかけるように、柔らかくお話しして、下手くそながらも歌ってあげる。ネリのことや、家族のこと、フィフのこと、伝えたいことが沢山ある。
ネリのいない今、クロッカスだけがわたしの唯一の救いなのだから。
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