第5話


◇◆ 5 ◆◇



 いくら強く信念を貫き通しても、「間違っていたか」と迷わなかった日はない。今もその迷いに直面しており、セシルは地に膝をついて、足元に横たわっている遺体を見詰めていた。膝をついたまま後ろに倒れたのか、その足は正座をするかのように折りたたまれていた。



「……あともう一息だったのにな」



 このサイパン島侵攻作戦も終盤に差し掛かった。あともう少し生き延びていれば、この子もまた勝利を手にすることができただろう。


 濁り始めた虚ろな目で空を見上げ、なにをしても応えないそれは馴染み深い王曉美で、一年ものあいだ作戦を共にした彼女との離別は少し堪えた。腹部と胸部に複数の穴があいており、更に約三メートル経に広がった血溜まりがあるあたり、彼女は銃撃による大量失血で死んでしまったのだろう。


 女の子にこの部隊は酷だったか……。顔から身体からほぼ全身に刻まれた傷跡をみて思う。セシルは首の銀色に触れて、その冷たさに胸が締め付けられる思いだった。



「司令……?」



 土を踏む音と亮の声に気付いたのはほぼ同時で、セシルは少しだけ身体を強張らせた。いくら数えきれるほどしか生きた人間がいないからと、少し気を抜きすぎたか。背を向け防具も付けずにいる自身の無防備さに改めて気付いて苦笑し、背後の亮が息を呑むのを聞いていた。


 きっと彼も、この遺体がシャオメイだと認識してしまったのだろう。自分よりも遥かに接点の多かった彼の悲哀が自分よりも薄いはずがない。たとえ彼が、《失感情症気味の良心が欠けた男》だと言い張っていたとしても。



「彼女はそれなりに優秀だった。だが、君と違って組織のためには戦えなかった。家族のために戦う分には、君に引けをとらないんだけどね。だから、この子は印付きにはなれなかった」



 シャオメイの姿勢を整えながら、彼女を捕獲した時のことを思い出す。澄華軍の手入れに抵抗した家族と畑を守るためにと果敢に立ち向かったシャオメイを傍目にみていたが、躊躇も何もなく人に向けて鍬を振るう姿には圧倒されたものだ。


 守るために戦う姿にかつての騎士を重ねあわせ、反撃してきた澄華軍の制圧を請け負い、その代わりに彼女をこの部隊に招き入れたのだ。


 しかし彼女は、目的がなければ戦えない娘だった。戦争に触れず育ったごく普通の子なのだから仕方のないことで、寧ろ同じ境遇なのに主戦力となったウメムラの方が特別なのだろう。


 それでも、嘗てのような白兵戦主体の戦争を取り戻すには、彼のような実力を備えた兵士を求めずにはいられなかった。酷だと思われようが、彼もシャオメイのようなスタンスでいられては困る。



「ウメムラ」



 シャオメイを悼む気持ちと野心への熱意に責め立てられているセシルは、薄く開いた彼女の目を閉じさせながら亮を呼ぶ。「はい」と短い事務的な返事を確認したあと、無理やり平常通りの表情に作り変えて振り返った。



「ウメムラ。君は何のために戦っている?」



 いつもより声が震え語気も荒くなってしまい、いつも心がけている柔和な顔を完全に作れている自信はなかった。真顔のまま俯いた亮に不安感が募ったが、それはすぐにかき消された。



「勿論、極東軍を壊滅させるために……!」



 俯いたのも一瞬ですぐに前を向き、闘争心でギラついた目を爛々と輝かせている。首輪に触れて口角を釣り上げ、凛々しさと禍々しさを混ぜくったような雰囲気で妖しく笑む亮に心強さを覚えたセシルは、完全に戦意を取り戻し、彼を仰視して不敵に笑む。



「そうか。ならば行くぞ、極東の旗を薙ぎ倒すのは我々だ!」



 地面に置いてあったヘルメットをかぶり直して立ち上がり、意気揚々と腰に刺したサーベルを握った。北上を始めたセシルに続く直前、亮はシャオメイを一瞥する。血の気が引いて青白くなった顔色からは以前の明朗さは窺えない。そう言えば俺は、彼女のような子を守るためだとこじつけて戦場に立ち続けたんだっけ。ぼんやりと経緯は思い出せたものの、決め手となったシャオメイの笑顔はどうにも思い出せなかった。


――国に置いてきた、弟や妹は無事に生きているのだろうか。久々の人間らしい感情が少しだけ湧いて、すぐに闘争心に掻き消される。なにがどうなろうと、俺は恩師たちを殺した極東軍を壊滅させるのだ。


 一層ギラついた目で牙を剥き、視線をシャオメイから逸らした亮は日本刀を握りなおす。血と人脂でぬらついた刀身は見ずに、ただ前だけを見て北へと疾走した。



          ※



 早く。早く決めなければ。先陣を切り、敵を薙ぎ倒すレゼアは焦っていた。『早急に決めなければ本隊に手柄を取られてしまう』とセシルがいつもぼやいていて、自分自身もその通りだと思うが今はそれに該当しない。戦場の空気が変わり始めたことを敏感に察知したレゼアは、タイムリミットがすぐそこまで迫っていることに舌打ちした。


 変化を感じる指標になったのは、やはりあの新型兵器だ。極東機のうち一機があっけなく撃墜されたのを皮切りに、空の争いは激化した。悪化、と言った方がいいのかもしれない。互いに向けて打ち合っていた強力な砲撃はもはや無差別に乱射されており、制御されていない感が否めない。このまま戦闘が続けばこの島ごとなくなってしまうのではないかと思うほどの勢いで、流れ弾に地面を削られている。



「早く来い……セシル……!」



 あの新型二機に全てを壊される前に、この隊で極東の旗を薙ぎ倒さなければ。そう思って道をこじ開けたのに、後方にセシルの姿はまだ見えない。途中でシャオメイの遺体を見つけて寄り道した、彼の目の暗さを思い出しては不安になる。散々たくさんの犠牲を出しておいて、こんな最終局面で野心を棄てるのかお前は。いや、あのセシルがそんな簡単に棄てるわけがない。激戦に身を晒し、朦朧としはじめた意識をしばきあげて覚醒させたレゼアは、セシルがいるはずの後方をじっと見た。


 その様に《クレイモアの犬》と呼ばれていた頃のことを思い出して、レゼアはひとり苦笑する。別に思想にも理想にも心から賛同しているわけでもないのに、なにかとセシルに協調し従属していたらそうなった。だ


 からといって犬みたいに無防備な姿を晒して服従の意を示したこともなく、ただこれといってしたいことがない学生時代だったから、したいことがある奴に使ってもらった方がいいと思っただけのことだ。


 騎士学生時代は平然とそれを言っていたが、今となっては狂気だ。受動体質ここに極めりといったところで、これじゃあ犬と言われても仕方がない。おまけにセシルから授けられたクレイモアを愛用していたことが、更に拍車をかけていたっけ。再び朦朧としはじめた意識で回顧しているうちに、手にしたクレイモアを取り落としそうになってハッとする。


 もう二十年近くこの剣を使っているが、取り落としそうになったことなんて一度もないのに。俺もそろそろ限界かな……。レゼアは自身の後方に伸びていた赤い筋にはじめて気が付き、ぼんやりとそれを見ていた。


 全身がずたずたになっているのは言うまでもないが、一番重傷なのは左腕だ。そこからは絶えず血が滴り落ちており、そのせいで意識が飛びかける。落とした左腕がどこに行ったかは忘れた。いつなくなったかも定かではない。今日死ぬつもりで突撃したレゼアにとって、それは大した問題ではないのだ。ただ、裂いた作業着で剣と右手を縛り付けるときは、やはり片腕では不便だと思ったけれど。



 海に陸地に、流れ弾が容赦なく降る。上手く退避しながら前進するセシルと亮の姿を見たレゼアは、「やっと来たか」と胸を撫で下ろした。信じていたぞと笑んだのと、背後に殺意を感じたのはほぼ同時だった。息の根を止めそこねたやつが反撃しにきたのだと確信したレゼアは、随分と重たく感じるようになったクレイモアを振り上げた。


 しかしそれは、未遂に終わった。


 半ばまで持ち上げたところで今までにない衝撃を受け、そこからは時間の経過が止まってしまったようだった。振り返った先にいた極東兵がひしゃげる様、剣を括りつけた腕が千切れる様をコマ送りで見届けたあと、ぱっと視界が赤くなる。痛みを感じる間もない一瞬の出来事だったが、今の状況は不思議と把握できていた。――まだもう少し活動する予定だったのに。まずったな、任務遂行に立ち会えないのが残念だ……。


 切迫した声で自分を呼ぶのが聞こえたが、轟音に掻き消されて恨めしい。セシル、リョウ。お前たちの武運を祈る。あとの全てを二人に託したレゼアは、ぐしゃりと頭部が割れる音を聞いたのを最後に砕け散った。



           ※



 爆風に煽られた亮は、仰向けに地に転がって目を白黒させていた。天地が逆転した視界の、天井に見える地面にはレゼア愛用の大剣が突き刺さっている。その柄には腕の肘から下がぶら下がっており、布かなにかで括りつけられているみたいだ。それは最後に見た彼同様に赤く、下地の色が殆ど見えない。


 肘から上はどこに行った? 亮は衝撃波の影響でくらくらする頭を押さえながら起き上がり、考えた。だが本当は、考えなくても分かっている。だって俺は見たのだ。無差別に撃たれたミサイルが隊長の頭部を貫き、反動で千切れた腕だけを残して粉微塵になる様を、この目で、しっかりと。


 最後に優しげな目で微笑んだ意味はなんだったのか。それは彼にしか分からないことだ。何を考えても纏まらず、脱力してしまって立ち上がる気にもなれなかった。いくら地上を見渡しても遺体しかなく、生きた人間は自分たち以外に見当たらない。


――もうやることがなくなってしまった。隊長、あんたが敵を全部片付けてしまった所為で、俺の仕事がなくなったじゃないか。半ば八つ当たりのような独り言を呟きながら、大剣にぶら下がる腕の裂け口に光る銀色をぼんやりと見ていた。 


 座り込んで呆然としている亮に対して、セシルはすぐさま落下点に駆け寄りレゼアを探した。地が削れて窪みをつくり、轟々と黒煙を立ち上らすそこに嘗てのレゼアの姿はない。


 ひしゃげた弾頭と所々が焼け焦げた布と肉片があるだけで、それこそが《嘗てのレゼア》なのだけれど、セシルの脳はそれを認めたがらなかった。だってこれを彼だと証明するものがないのだ……と思っていたが、その希望に反して金属片が残されている。ぐにゃりと曲がったそれを震える手で拾い、意を決して表面を見る。――レゼア・ウェーバー、三十二歳、陸戦隊424部隊所属……。


 所持を義務付けられた認識票のせいで身元を明かされてしまった肉片を、セシルは呆然と見下ろしていた。


 僕は間違っていたのか? 無残な姿になった幼馴染みを見て、セシルは自問する。


『最強の歩兵部隊を創る』という自分勝手な野心は、有能で有望だった彼にこんな死に方をさせてまで果たす価値があったのか。答えはイエスでもノーでもない。にやと口元を歪めたセシルは、気が狂ったかのように高笑った。



「見ろウメムラ! やはりあの新型は忌むべきバケモノだ! 何も生まない、ただ奪い壊すだけの新型など無用だ!」



 レゼアの死は否定するが、歩兵隊・騎兵隊主体の戦争に戻すという野心は肯定する。スイッチやトリガーひとつで大勢の人を殺せる戦争などあってはならない。相手の顔も知らないまま簡単に敵を殺せてしまったなら、たくさんの犠牲のもとに自身らの安寧を手に入れているのだと自覚できなくなってしまうのではないか。セシルはそれを危惧していた。


 それでは戦争はなくならないし、犠牲だって増え続けるだけだ。きちんと相手と対面して直接手を下し、人の命を奪った自身の罪を実感する必要があると思うのだ。便利で強力な機械に頼るのではなく、その手で確かめ、恐怖し、苛まれて戒めてこそ、戦争は早期終結するのだとセシルは信じていた。


 ただ単純に剣撃の美しさが好きだということもあるけれど、やはりその勝敗を決するのは人間の手でなくてはならない。新型の戦い方を目の当たりにして、改めてそう思った。


 いくら中身が人間とはいえ、あれらができることは破壊と殺戮のみでそれ以外は見えていなのだろう。今みたいに、無差別で乱射しているあたりそうに違いない。ゲルマニア機にとっては同盟軍のカメリアが、極東機にとっては同胞が眼下の島々に駐留しているのに、そんなものはお構いなしに攻撃を続けている。お互い目の前の相手しか見えてないのだと思うと無性に腹が立つ。考えられもしない馬鹿が、戦争なんかするんじゃない。


 高笑う声を張り上げ、セシルは唖然としている亮を見た。そこから動く様子がないことから戦意を削いでいる可能性も考えられたが、やはりその目は凛々しく頼もしかった。


 前者が脳裏に浮かんだ時点でフォローに入るのが指揮官としての勤めだったのかもしれないが、レゼアを喪ったセシルは高揚する気分を抑えきれない。彼ならきっとやってくれる、良い働きをしてくれる。そう信じ、過剰に期待した脳は止まらなかった。


――この島を極東軍から奪い、歩兵隊で日章旗を薙ぎ倒す――。ただそれだけに囚われたセシルは、散瞳した目でしっかりと亮を見詰め、たったひとりを指揮しようとサーベルを掲げる。いつもならここですかさず話題を反らし、クールダウンしてくれていた彼は、もういない……



「行くぞウメムラ! この島の領有権を取りに行、」



 言葉は最後まで紡げなかった。言い終える前に横腹に強い衝撃と、それに次いで浮遊感を覚えて、視界が傾いでいくのを見た。低空飛行してきた新型の主翼に胴体を断裂されたのだとは遂に気づかず、そのまま肩口から落下する。


 何があったのかも理解できず、「はやく決着を付けなければ」と、急いで起き上がろうとしたが駄目だった。指一本動かせないまま赤くなっていく地面を見ていると、見慣れた軍靴が駆け寄ってくるのが見えた。


 仰向けにされて見たのは、青空を背景にしたウメムラリョウ。何をしている、早く行け。目標はすぐ目の前だ。そう叱咤しようとしたが、気が逸れてしまってできなかった。亮から戦士の顔が消え去り、絶望と悲痛に歪んでいたからだ。


 そうか、この子もシャオメイと同じ、普通の子だったんだ。今更なことにようやく気付いたセシルは、意識が遠退くのを感じながらぼんやりと亮を見ていた。少しお前に押しつけすぎたな、いままでよく働いてくれたと功績を讃えたくても、腕が動かずできないのが惜しい。きっと疲れてそうなったのだろうと高を括ったセシルは、少し休んで自らが突撃しようと決めた。



「……いや……あとは私が引き受けよう。お前はここで待機しておきなさい……」



 自分の状態にも、着実に死へ向かっていることにも気づかないセシルは、呟くように指示を出して目を閉じる。レゼアやシャオメイ、その他たった一日しか所属できなかった数千人の隊員たちの死に顔が瞼の裏に浮かび、戦意が高揚していくのを感じていた。必ず成し遂げる。お前たちの死は決して無駄にはしない。勝つのは我ら、424部隊だ。



          ※



 抱き起こしたセシルの上半身が動かなくなり、薄く開いた瞼から覗くバイオレットの目に光が失くなった。ひとり取り残された亮は、ただぼんやりとセシルを見下ろしていた。脳は呆然としている一方で、体はそわそわして落ち着かない。初めて戦場に立ったときに似た、全てが不安定で危うい感覚。それがじわじわと全身を侵食し始めているのを感じており、少しでも気を抜けば気が狂いそうだった。


 ここで待っておけと司令から指示があったがどうしようか。そう考えたのも一瞬で、亮はすぐにセシルから離れて北端を目指した。待機命令前に命じられた任務を果たす。ただそれだけのために、穴だらけになった地上を駆けた。彼の思想や理想全てを理解できたことはなかったが、そうすることが自分にできる最低限の恩返しだと思っていた。


 レゼアもそうだったが、一年という長いあいだ共同生活をさせてくれた人は稀だ。だいたい二、三カ月もすれば相当な厚みの壁を構築されるのが常だった亮にとって、ウェーバー隊の面々の態度は新鮮なものだった。嬉しかったんだと思う。居心地がよかったからこそ割りきって戦闘に臨み、役目を果たせていたのだろうと今になって思うのだ。単独突撃は命令違反だがもういいだろう。どうせもう、俺一人しか残っていないのだ。


 二機の砲撃も意に介さず、ただ最短ルートを一気に突っ切った。荒ぶった新型に巻き上げられた瓦礫に全身を切られたが、それももうどうでもいい。旗の、あの旗の元までたどり着ければそれでいいのだ。



「ぅあっ……!」



 左足に激痛を感じて転倒し、新型がつくった窪みに転がり落ちる。脹脛を掠めた機銃が、骨が見えるほど肉を抉っているのは見れば直ぐにわかることだ。



「まだだ……まだやれる……っ!」



 体勢を立て直して前進しようとしたが立ち上がれない。まあこの足なら仕方がないかと諦め、立たずに伏して地を這った。不幸中の幸いか、あいつらには対面している同類しか見えていないようだ。


 生身の人間は感知しないのだろうか? どちらにせよ、これは好都合だ。もうすぐそこに見える日章旗に向かい、亮は藻掻くように進み続けた。そんな自身に一年前に射殺した極東兵を重ねあわせて苦笑する。


 彼もまた「まだやれる」とでも言いたげに、藻掻くように地を這っていたっけ。今ならその気持ちがよくわかると思ううちに極東本拠地に辿り着き、爆風と海風でばたばたと激しくはためく日章旗に手を延ばすが届かない。



「ああああぁぁぁぁぁぁッ!」



 手近な岩を掴んで強引に立ち上がり咆哮した亮は、今度こそ所々が焼け焦げた旗を掴んだ。その瞬間に湧き上がったのは胸を締め上げるほどの虚しさで、達成感がなく困惑している。


 俺は間違っていたのだろうか?今更になって、自分が選んだ道に罪の意識を感じている。


 忠誠心がないとはいえ、二十年以上国旗として慣れ親しみ、象徴として掲げられていたそれを薙ぎ倒すのには抵抗があった。極東を敵と決め、壊滅させると誓ったのは自分自身なのに。往生際が悪い。亮は嫌悪感に苛まれ、自己嫌悪に強く唇を噛み締めた。


 ここまで来て、何を躊躇う必要がある。一度伏せた目を開いて、強く鋭い眼光ではためく旗を見据えた。かたく握りしめた右手を強く引く一方で、支えにしていたポールを左手で強く押しこむ。大きく傾いで旗の端が地に付くのを見た亮が安堵した刹那、背後から来る熱波と衝撃波に全身を強く叩かれた。次いで聴力を麻痺させるほどの轟音と爆風に攻め立てられ、施設や旗もろとも吹き飛ばされてしまった。


 同じように吹き飛ばされてきた瓦礫に身体を裂かれる感触を、亮は冷静に受け止めている。焦り恐怖し、テンパることもなく、ただセシルから贈られた刀を失くさないことばかりを考えていた。我ながら可怪しいと思ったが、たった一人で逝くのならせめてこれと共に死にたいのだ。



 その後しばらく意識を飛ばしていたのか、気付けば視界いっぱいに広がる青空を見ていた。あれをやり過ごすなんて俺もつくづく強運だな……と思ったがすぐに改めた。視界の下方にひしゃげた鉄棒が見えており、血が滴るそれは自分の胸から生えている。落ちた場所が悪かったか。いや、まだ生きてるだけマシなのか?よく分からなくなってきた。


 とにかく今は、刀をしっかりと手にしていることに安堵している。酷く重たく感じるようになった刀を持ち上げて目視し、そのまま手首に巻かれた時計を見た。あれだけ劣悪な環境下で使われていたのに、今もしぶとく時を刻んでいる。あの爆発に耐えるとは、なかなかやるな――なぜだか楽しい気持ちになった亮は微笑み、目を凝らして震える文字盤を読み上げた。



「一四二七、424歩兵部隊ウメムラ、任務完了しました――」



 全ての照明を消したようにぱっと視界が暗くなり、どさりと手が落ちるのを耳元に聞いていた。過去最高の達成感に幸福を感じ、生きていたときよりも清々しい気持ちで、亮は短い生涯を終えた。破壊の限りを尽くした新型兵器二機がエネルギーを使い果たし海に堕ちたのは、亮が死んだ僅か数十秒後のことだった。



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