第3話


◇◆ 3 ◆◇



 梅村亮が籠絡され、カメリア軍に所属することになってから約十四ヶ月が経つ。戦局は激しさを増したが、亮は相変わらず大きな怪我も病気もなく、健全なまま最終局面まで立ち会うはめになった。操縦士不在の不気味な新型兵器が戦争の主戦力となっても地上戦はなくならず、南方の島々では血腥い競り合いが続いている。


 前者は持て囃され、後者は時代遅れと笑われる。


 それでも戦い続けなければならないのには変わりはないと、亮は上空でバチバチやりあっている新型兵器を仰いで一息つく。制圧し終えたラバウルを離れ、新天地で捨て駒になるためにテニアン島へ上陸したばかりだった。


 これまでに敢行された作戦は八十六回。合計八千人を悠に超える《奴隷兵士》が補充されたが、彼らは全て、生きて勝利を噛みしめることはできなかった。生き残ったのは指揮官のセシルと隊長のレゼア、シャオメイと亮くらいで、これは424部隊が、白兵戦を前提に組まれた部隊だからだと亮は思っていた。


 僅か数人は榴弾砲を担当しているけれど、その他の隊員たちは刀剣や銃剣、念の為の拳銃のみを装備した白兵だった。セシルやレゼアらもまた然りだ。亮も先日、セシルから日本刀を賜っている。


 粗雑といえば粗雑だが、あれよりかはマシだ。これから八十七人目の所有者を探さなければならない首輪たちの一部を腕に下げた亮は、激戦を繰り広げる上空を再度一瞥してそう思った。兵器開発の製造部門に抜擢されていた亮は兵器の正体を知っており、そのせいか少し冷めた気持ちだ。あの兵器にいい印象はない。


 航空機にも大きな猛禽類にも見えるそれは、生物的な雰囲気があるぶん不気味で歪だった。気味の悪いあれこそが、極東帝國で開発が進められていた新型兵器だ。


 新規兵器開発計画――通称【高天原計画】。それによって製造された、十機の人間兵器SA-00型。あれの本体が生身の人間なのかと思うと、呆れと不快感で煮えくり返りそうだった。生きた人間を切り開いて兵器にしようなんて案をよく思いついたもんだと関心はしたが、賛同できたことは一度もない。それでもこうしておとなしく抜擢されたのは、信頼していた先輩からの頼みだったからだ。



 峯風みねかぜ大記たいき。国内トップクラスの製造技師。亮が兵装工場で働くことになったその日から面倒を見てくれていた、亮にとって師匠のような存在だった。



 亮は自分が、良心に欠き失感情症気味で、更に我を押し通すどうしようもない性分の人間だと知っている。ひとり寄っては離れていきの繰り返しで、孤立しがちな半生だったが、どんな態度を取ろうが大記は決して亮を見捨てなかった。


 そんな彼からの頼みとあらば聞かないわけにもいかない。しかしまあ……あれを実戦投入できるほどに調整したあの人は本当に凄い人なんだな、とぼんやり思う。自分なんかが師事できるようなひとではないと聞いていたが、その優秀さもここまで来ると尊敬を越して恐怖すら感じる。



「……あれは……?」



 移送し終わった重火器の手入れを黙々とこなす途中で、不意に視界に入ったのは地面に落ちた紙片。酷く懐かしく感じる極東語に惹かれ、誘われるように拾い上げる。目を落としたそれは古い新聞で、もう一年以上前のものだった。書かれていたものはあまりに衝撃的で、亮は心拍数が一気に跳ね上がるのを感じていた。



《――朗報。久方ぶりの快進撃。遍く戦場を駆ける新型兵器――  


  極東帝国軍開発本部が、今月五日に新型兵器の開発を発表した。

 

  SA-00型という、陸海空三分野に対応した兵器である。既に実戦に投入

 されているものの、その詳細は未だ非公開。確実に戦果を挙げており、此

 度の戦争は瞬く間に我が国の圧勝で終幕すると予想されている。しかしな

 がら、この製造技術は発展途上。『性能は勿論、歩留まりの低迷など問題

 は山積み』と、 責任者の岐山氏(二八)は語る。》――



 問題は文面ではなく、それに併せて掲載されていた『本体』の写真だ。十人の中に見知った顔があったことがなにより問題で……それがよりによって……どうして……



「峯風さん……?」



 技師であるはずの先輩の姿を紙面上に見つけて、亮はもう、訳がわからなかった。いや、そうか、彼はこの計画の中心人物として掲載されているのか。そう思った亮はもう一度読み返してみたけれど、その旨はどこにも書かれていない。


 それに、彼の顔写真の下には『峯風大記』ではなく『五号機・イソタケル』と記されている。憧れていた人はもう人ではなくて、本当に遠い存在になってしまった。そうして湧いて出たのは無念――ではない。



「ウメムラ? どうしたの?」


「……いや、なんでも」



 立ち尽くしていたところを心配するように寄り添ってきたシャオメイをやんわりと引き離して、亮は平静を装った。しかし胸中では、怒りと闘争心が激しく湧き上がっており、それをうまく抑えきれなかった左腕が、紙片を作業台に押し付ける。些か乱雑になってしまい、ぐしゃり、と紙が潰れる音がする。


 こんな気持ちになったのは約二年ぶりで、そのときも大記絡みの事案だった。以前は彼の義妹を人質に取って強引に連行していく極東軍人の身勝手さに感じていたけれど、今回は「なぜもっと早くに引き抜いてくれなかったのか」という、カメリア軍への理不尽な怒りだ。もっと早くに参戦していれば、開発する間もなく極東軍を壊滅させてやったのにという極東人にあるまじき思考が脳内を占め、大記が連行されたときの情景が蘇る。


 あの野郎共、俺の大事な先輩を弄びやがって。亮の怒りと闘争心は、極東帝國そのものに向いていた。あの人が自ら率先して、あんな開発に協力するはずがないことは知っている。責任者にされている岐山氏と、抗戦しているのを間近で見ているのだから。


 今の亮にシャオメイの相手をしていられるだけの余裕はなく、ギラついた目のまま背を向けて足早に前進する。作業台に押し付けた紙片を、シャオメイが動揺しながら注視していることに気づくことは全くなかった。



          ※



「明日、サイパン島への攻略作戦を決行する」



 強制連行した《奴隷兵士》たちを掻き集めてそう語るのはセシル・クレイモアで、指揮官としての声は威圧的だったが、そのバイオレットの目は無邪気さで輝いている。印付きの『お気に入り』としてレゼア共々隣に立たされている亮は、彼を横目で見ながら講話を聞いていた。


 この一週間で各所から集められてきたらしい首輪仲間たちの目は虚ろであり、とてもこれから戦いに行くような人材とは思えない。きっと一年前の自分も彼らと同じ目をしていたんだろうな……と人事のように感じながら、ぼんやり正面を見る。このうちの何人が、この作戦で生き延びるのだろう。



「君たちももう知っているだろうが、今はあの奇妙な新型兵器が幅を利かせ、勝敗を決める鍵だと言われている。――が、私はそう思わない。

 雌雄を決するのは兵器ではない! 未来を切り開くのは我ら人間でなくてはならず、兵器などに委ねてはならないのだ! ……全ては君たちの働きに掛かっている。よろしく頼む」



 しっかりと彼らの目を見て力強く頷くセシルに、《奴隷兵士》らも心を打たれ始めているらしく、虚ろだった目にも光が取り戻されつつある。やるしかないと腹を括ったのか、最後の一言にほだされたのか。それはセシルの話を聞いても特に響かない亮には分からない。


 亮にとって軽めに聞き流す程度の時間をやり過ごしながら、「相変わらず読めない男だ」と考えていた。セシルは度々ウェーバー隊を訪れては歓談しに来るが、何度対話を重ねても、何を考えているのかを理解することはできなかった。


 今だってそうだ、彼はやたらと白兵戦の重要さを熱弁するが、そもそもそれが分からない。歩兵戦隊と新型兵器、その威力と戦力差は歴然だ。勝敗を決めるのが歩兵だなんて到底思えなかったが、その理由を聞けば面倒なことになりそうなので止めておく。こちらから問いかけると非常に嬉しそうに目を輝かすのだ、セシルは。亮はそれが苦手で仕方なかった。


 小さく溜息をついて再度正面を見ると、その最後列にシャオメイの姿を見た。彼女にはあれ以来はじめて会うような気がするが、何だか様子が変だ。いつものような柔い笑みはなく、なにか考えこむような硬い表情をしていた。



             ※



「いつになくやる気だな」



 部屋の出入り口で壁に凭れ掛かるレゼアは、ギラついた目で武器類の調整を黙々とこなす亮を見てそう思った。職業柄の癖なのか、亮はよく武器の手入れをしてくれる方だ。だからそれは大した問題ではなくて、戦場以外でこんなに好戦的な目をしていることが彼のやる気を伺わせた。凛としてはいても普段は比較的無害な彼が、こんなにギラつきはじめたのはテニアンに上陸してからだ。



「……ええ、まあ」



 気丈なふりして何も考えていない男にしては珍しい、と声を掛けたが、返答はいつも通りだ。気にしすぎたか?とレゼアが考える一方で、短く答えて拳銃の手入れを再開した亮は、そういえばレゼアはなぜ同じ首輪を持っているのだろうと思い立った。



「隊長。なぜあんたもその首輪を……?」



 肘の少し下につけているから首輪ではないのだろうが、デザインは全く同じだから首輪をそこにつけているだけなのだろう。金髪蒼眼という白色人種の典型的な容姿をしているし、彼はもとから連合側の人間なのだと思う。それにセシルとも親しげで、主従関係というより旧知の仲と言ったほうがしっくり来た。その人が、有色人種で構成された奴隷部隊にいる理由がわからない。



「……ウメムラ。お前はそれが、奴隷の証だと思うか?」



 唐突に切り出した問いに問で返され一瞬戸惑ったが、すぐに『それ以外になにがあるのか』という気持ちになる。捕えられて強制的に戦わされているのだし、そもそも424部隊が《奴隷部隊》だと言ったのはレゼアだ。怪訝そうに答えると、彼は苦笑して亮に向き合った。



「あいつは奴隷部隊ではなく、最強の歩兵部隊を創りたかったのさ」



 そう言ってレゼアが思い出したのは少年時代。まだ祖国のブリタニアにいた十年以上前のことで、レゼアもセシルもまだ、貴族の嫡男だった頃のことだ。カメリア軍には、前回の世界大戦が勃発し始めた頃に二人で参加した。


 強力な武器を用いて一掃するなんてナンセンス。人の手によって直接勝敗を決すことこそ戦争の美学。セシルはいつもそう言っていた――



「有能な奴をいろんなとこから掻っ攫ってるし、扱いも傍からみりゃあ奴隷に変わりないからそう言われるけどな。その首輪だって本来はただのタグみたいなもんだ。クレイモア少佐悲願の、最強歩兵部隊の印」


「……俺は最強だと思えません。作戦のたびに、指揮官や隊長を除けは俺とシャオメイしか生き延びてないじゃないですか」


「まあ、まだ完成してないからな」



 幾らでも替えがきくから最強なんですか、と皮肉ったところで返ってきた答えは肯定だった。レゼアの言うことがよく分からず眉間の皺を寄せていると、かちん、と首輪を爪で弾いてきた。



「首輪に印が……クレイモアの家紋が入っているやつがその隊員だ。今はまだ俺とお前だけ。だからまだ完成していない」



 かちかちと弾かれる感覚を首輪越しに感じながら、亮はいま聞いたことを噛み砕こうと懸命だった。


 424部隊が奴隷部隊でないことはわかったが、『最強の歩兵部隊』を創ろうという意味がわからない。歩兵中心の地上戦は時代遅れでなんの決定力もないはずなのに何故。……しかし……その最強部隊の構成員として認められているなんて……いや、でもそんなの……。亮は複雑な気持ちを処理しきれないまま、無造作に首輪に手を触れる。



「手入れもいいが程々にして休めよ。明日はセシルも……クレイモア少佐も作戦に参加する」



 首輪に触れたまま静止してしまった亮を一瞥して、レゼアは部屋を後にする。亮の疑念が晴れるまで説得を重ねるつもりだったが、その必要はなさそうだ。立ち去る直前に見たものを思い出したレゼアは、一息ついて新しい煙草に火をつける。ウェーバー隊の正体を明かされた亮は戸惑ったがそれも一瞬で、凛々しさと禍々しさを混ぜくったような雰囲気で妖しく笑んでいた。


――全く、あれではセシルに気に入られるのも無理はない。妙な心強さを覚えたレゼアは、ひとり笑んで闇夜を歩く。そう言えば、こうして笑うのは久しぶりかも知れない。



          ※



 薄暗い部屋の中で、シャオメイはひとり膝を抱えて蹲っていた。その手に握っているのは紙片で、一週間前に亮が手にしていた古新聞だ。極東語は殆ど読めないので何が書いているか分からなかったが、「九号」と明記された顔写真には見覚えがあった。



「……ヤン兄ちゃん……」



 だいぶ大人びていたけれど、それは間違いなく、十四年前にいなくなった義兄だった。心身共に徐々に荒れ果て自傷行為を繰り返し、最終的に突然家を出て行った義兄の名は燕烽ヤンフォンという。『あいつだけ血が繋がっていないから仕方ない』と他の兄弟たちは言っていたが、それでもいなくなった意味がわからなくて泣き暮らした記憶がある。時世も時世だったし、戦いに巻き込まれて死んでしまったのではないか。そう思うと不安で仕方がなかったのだ。


 成長した燕烽を目の当たりにしても、所在が分かった喜びよりも混乱と悲哀の方が強かった。新型兵器ということは、もう人間ではないということ。実際に会ってはいないからなんとも言えないが、それでは死んでしまったのと同義ではないか。素材に選ばれた人間は、切り開かれて兵器にされるのだとウメムラが言っていた。



「……やらなきゃいけない……」



 震える身体を自身で抱いて耐え忍ぶ。別れた義兄がどうなっていようと、別に望んでいなかったとしても、私がカメリア軍の最前戦にいることに変わりはない。気落ちし始めた自身に言い聞かせようとしたところで目に入ったのは、傷だらけの自分の腕だ。


 一年の間に増え続けた傷跡は消えることなく残り、お世辞にも綺麗とは言えない肌になっている。見えはしないが、きっと顔も同じようになっているのだろう。これまで全く気づかなかったのに、なぜ今更。何だか急に惨めになって、シャオメイは顔を手で覆い隠した。――これじゃあ、お嫁になんて行けないな……。


 泣きそうになったところで思い出したのはウメムラで、彼は、あの人は傷だらけの私を間近に見ても嫌悪感を露わにしなかった。ただ単に興味が無いだけなのかもしれないが、冷たい目を向けられないだけマシというものだ。本人は覚えていないだろうが、死に直面した私を助けてくれたウメムラは、私にとっては白馬の王子さまのような存在なのだ。彼にだけは嫌われたくない。



「やらなきゃいけない。自分がどう思おうが、与えられた役割は果たすべき……!」



 ウメムラが奴隷兵士たちによく言っている言葉を復唱して、蹲って顔を伏せた。力強く握りしめた拳の中で、紙片がぐしゃりと音を立てて潰れた。



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