笑顔

いつもの書店のカフェで、有希は和泉に説教をしていた。


「和泉さん、社内ではもう絶対あんなことしないでください。」


ぷんすか怒る有希に、和泉はコーヒーを一口飲んで言う。


「公私混同はしない。当たり前だろう?」


ど、どの口が言いますか~!

しれっと言ってのける和泉に、有希は肩を落とした。


まさか会社内で好きかどうかの答えを求められ、尚且つキスをされるとは思わなかった。

クールでお堅いイメージの和泉。

それは間違ってはいないと思うのだが、時々予想外の突拍子もないことをする。


有希は目の前のココアを飲んで心を落ち着かせた。

甘くてあったかくて、ホッとする。

ちらっと上目遣いで和泉を見やれば、少しも表情を変えずに有希を見ている。

何だか自分だけがわーわー騒いでいるみたいで居心地が悪くなる。


「じゃあ、今ここでならいいのか?社外だし。」


あまりにも有希がぷんぷんするので、和泉はそう聞いてみる。

とたんに、有希は真っ赤になった。

何か言いたそうで言えない有希の頭をポンポンしてやる。

有希はまた恨めしそうに和泉を見た。


反応が素直で可愛くてついからかいたくなってしまう。

すぐ真っ赤になるし、すぐ怒るし、すぐ喜ぶ。


「有希は可愛いな。」


和泉がそう言うと、有希は膨れつつも「もうっ」と呟いて照れ隠しにココアを飲んだ。

可愛いと言われて、嬉しくない訳がない。

好きな人に「可愛い」と言われるだけで、心のモヤモヤはすっと消えていく。

自分でも単純だな、と思うけど。


もう一度和泉を見たら、優しく微笑んでいた。


そうなんだよね。

この優しい笑顔が、私をドキドキさせるの。

こんなに素敵なのに、何だかもったいないな。


「和泉さん、会社でもそうやって笑えばいいのに。」


有希が言うと、和泉は驚いた顔をした。


「俺は今笑っていたか?」


「めちゃくちゃ笑顔でしたよ。」


「そうか。」


「こんなに素敵なのに、何かもったいないです。会社の皆さんに見せてあげたいです。和泉さんは怖くないよって。」


力説する有希に、和泉はまた頭をポンポンと撫でた。


「俺は有希さえよければそれでいい。」


「もうっ、そうやってすぐはぐらかすんだから。」


文句を言いつつ、有希は嬉しそうにする。

その反応が何とも愛しくて、そっと肩を抱いて引き寄せた。


「有希がそう言うなら、努力してみよう。」


耳元でそう囁いたかと思うと、頬に軽くキスをする。


はうぁぁぁ。

確かに社内ではないけど、公共の場!

有希はまた撃沈した。

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