第3話 忘れられない思い出

桜咲く春。

高校を卒業した僕は横浜市内の専門学校に通っていた。

一般教養の授業も多少はあるものの、1日の大半をコンピュータ関連の技術習得に費やすことが出来る事は僕にとって非常に有意義なものだった。


そして、専門学校への進学と合わせて一人暮らしも始めた。

料理、洗濯、掃除、最初は中々慣れず失敗も多かったけど慣れてくると中々楽しく行うことが出来た。

また生活費や学費を稼ぐために近所のテニススクールでバイトも始めた。

こんなところでテニス部時代のスキルが役立つとは思わなかったけど高校時代の実績を買われそれなりのバイト代も貰うことが出来た。


そんな慌ただしくも忙しい生活は、毎日が新鮮で辛かった気持ちも紛らわすことが出来ている気もしていた。



新しい友人も出来た。

同じクラスの同級生や選択授業で一緒になった先輩、バイト先の同僚など僕の周りにも新しいコミュニティーが出来上がってきた。


ただ、若菜や健也はもちろんだけど、高校時代の友人達とは疎遠になっていた。

継続して付き合いがあったのは小学校以来の付き合いの渋沢と大和だけ。

あの2人とは進学後もメールをしたり時々会って食事に行ったりと親交を深めていた。この間も同じ市内の大学に通う大和と一緒に食事に行った。

相変わらず栗平の尻に敷かれてるみたいだけど元気にやってるみたいだった

・・・まぁ あいつらはあれくらいで丁度いいんだろうな。

そういえば、最近運動不足だって言ってたから栗平含め今度テニスにでも誘ってみるか。



そして・・・恋人も出来た。

バイト先で知り合った1つ年上の彼女は僕の事を好きだと言ってくれた。

若菜との事もあり僕は恋人を作ることを躊躇してしまっていたけど、彼女は事情を話しても僕と付き合いたいと言ってくれた。

僕はその気持ちを受けて付き合うことにした・・・ただ、彼女との関係もあまり長くは続かなかった。


原因は僕だ。

一緒にデートに出かけても若菜との事を思い出し彼女と比べてしまうことがあった。僕の中では若菜の事を忘れて、彼女と新しい恋を楽しみたいという気持ちはもちろん強くあったけど思えば思うほど若菜との楽しかった日々を思い出してしまった。


「忍君さぁ 私と居るのそんなにつまらない?」

「え?そんなことないよ」

「でも・・・いつも思いつめたような表情しているし楽しそうに見えないよ」

「そう・・・かな・・・」


こんなやり取りが続き、いつしか彼女ともギクシャクした関係となり自然と会わなくなっていった。


その後も恋人が出来ることはあったけど、同じような理由で別れることが多かった。僕の事を好きだと言ってくれた人に対して本当に失礼な話だ。

僕自身もそんな自分に嫌気がさして、いつしか好意を寄せてくれる女性がいても距離を取るようになっていった





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男女の関係は中々思う様にはいかなかったけど、勉強の方は興味のあった分野であることが幸いし様々な知識を得ることが出来た。


専門学校卒業後、僕は大手のゲーム会社に運よく就職することができた。好きだったゲームの開発にも関わりを持つことが出来たし、同年代からすると比較的給与も良かったと思う。


そして、良い先輩や同僚にも恵まれ新人ながらも大きなプロジェクトに参加するなど仕事も充実し楽しい日々を送っていた。


そんなある日、いつもの様に出勤するため会社近くの公園を歩いていると男女の言い争う声が聞こえた。

なんだ朝っぱらから・・・ってあれは古橋先輩?


古橋先輩は僕が所属するプロジェクトチームのサブリーダで凄腕のプログラマーとして社内でも有名な人だ。ちょっと怖いところはあるけど美人で面倒見も良く尊敬できる先輩だ。

絡まれてるなら助けるか・・・いやでもあの会話は・・・


「ごめん!許して絵里ちゃん!」

「私というものがありながら一体何度目だと思ってるの!」

「だからごめんって、もうしません!あの子とはすぐに別れます!それから欲しがってたバックもプレゼントするから!」

「そういうのも正直もう聞き飽きたんだけど・・・まぁいいわ次は無いからね!バッグは・・・今度一緒に買いに行くわよ!」

「ありがとう!!!愛してるよ絵里ちゃん!」

「もう~本当調子がいいんだから! 仕事の邪魔だから早く帰りなさい!」

「ああ、じゃ、また連絡するからね!」


男はあわてて駅の方へ走っていった。

スーツを着てたしあの人も今から仕事なのか?

と走ってゆく男性を眺めていると古橋先輩と目が合ってしまった。


「あ お おはようございます古橋先輩・・・・あの先輩 今の人は?」

「有坂君・・・ごめんね恥ずかしいところみせちゃったかな。今の人は私の彼氏だから心配しなくても大丈夫よ」

「大丈夫にはあまり聞こえないやり取りだったんですが。。。

 彼氏さん・・・その浮気してたんですか?」

「・・・聞いてたんだ。まぁいつもの事なんだけどね。浮気性で困ってるのよ」

「・・・何で浮気されても付き合ってるんですか?古橋先輩ならもっと他にいい人居そうな気もするんですが・・・あ、余計な事すみません」


そうだよ。先輩はあの男に裏切られてるのにどうして・・・それも一度や二度じゃなさそうだし。どうして一緒に居られるんだよ。


「あ、気にしなくていいよ。友達とかにもよく"他にいい人探せば"って言われてるから。

 でもね。なんていうかな・・・あいつ私の幼馴染なのよ。家が近所で小さい頃からいつも一緒で・・・昔からあんな感じなの。

 ずっと腐れ縁の親友で・・・高校生の時に私に告白してきて付き合うようになったんだけどすぐ浮気して。正直、あの時は私も頭にきて別れを突き付けて他に彼氏を作ったわよ・・・でもね何をしててもやっぱりあいつのことが気になっちゃって・・・

 色々と悩んでたら、あいつね"もう浮気しないから戻ってきてくれ"って泣きながら土下座して・・・正直ちょっと引いたけど結局私もあいつの事を無下にできなくてね。もっともその時はここまで浮気性な男とは思ってなかったけどね」

「それで・・・古橋先輩は幸せなんですか?結局その後も浮気してるんですよね。あの人」


そうだよ。古橋先輩がいくらあの人の事を好きでいてもあの人は・・・

それなのにどうして先輩は。


「幸せの形って人それぞれよ。他の人と付き合って思ったけど結局私はあいつと一緒に居る時間が一番幸せみたいなの。変に気を使わなくても自然体でいれるし凄く居心地がよくて・・・・

 他の人とデートとかしてもあいつの事思い出しちゃったし・・・やっぱりあいつが一番なのかなって。まぁ時々今日みたいにイライラはあるけどさ。

 それにね。もしあいつの浮気が本気になって私を捨てたとしても・・・もしかしたら私はあいつを許しちゃうかもしれない。

 あいつはね恋人である前に大切な友達で幼馴染だから・・・もちろん私と一緒に幸せになれるならそれが一番嬉しいけど・・・あいつが幸せになるなら祝ってあげたいかなって」

「そんなのって・・・やっぱり変ですよ・・・先輩はそれでいいんですか?」

「ふふ それでいいの私は。あいつの事が好きなんだから。それでいいじゃない。達観しちゃってるのかな私。それともただの都合がいいチョロイ女?」

「・・・そんなことないですよ。先輩は・・・凄い人ですよ」

「そんなこと無いって。さ、つまらない話を聞かせちゃったわね。早く会社に行かないと遅刻になっちゃうよ」


と先輩は何事もなかったかのように会社に向かって歩いていった。


「人それぞれか・・・・凄いですよ先輩は・・・僕は・・・」


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