第3話魔獣化した子Ⅲ

「よお、アル!久しぶりだな!」


 屈託のない笑顔が目に入る。心を見なくても、人懐っこそうな性格で、きっといい人なのだとすぐにわかる。


「修一も元気そうで何よりだ。」


 アルフレッドの数少ない友人の名は、加藤修一かとうしゅういち。33歳。独身。

 魔道管理局に勤める『魔』の専門家。所属は『魔道具登録科』で、開発された新しい魔道具を検査、試運転、登録、販売許可などを行っているそうだ。


「お?その可愛らしいお嬢さんが例の?」

 加藤さんは珍しい動物を見るかのように私の顔を覗き込んだ。


「ああ、改めて紹介しよう。助手の御子柴優子みこしばゆうこだ。」

「へえー御子柴。珍しい苗字だね!この辺じゃあんまり聞かないよな?」

「…よく言われます。父の出身が京都なので、それで…」


 立ち話もなんだし、いつものとこ行こうぜ。

 加藤さんとアルフレッドが行きつけのバーに行くことになった。そのバーは昼間は喫茶店、夜の営業時間だけお酒を提供するそうだ。

 駅から少し歩いた裏路地に佇むそのバーは、外観も凝っていて、お店の中もとてもお洒落だった。私はあまりこういったお店には行かないので少し緊張していた。


 カフェ&バー『Ruju』


 二人で来るときはいつもカウンター席らしいが、今日は私がいるのでテーブル席にしようと提案したのは加藤さんだった。


「しかしアレだな。ついにアルも弟子を取るようになったとはな!」

「弟子ではない、助手だ。」

「同じようなもんじゃねえか。」


 ヒールの音をカツカツをテンポよく鳴らして、お店の奥からウェイトレスが注文を伺いに来た。


「あら、加藤君にアル君じゃない。二人が揃うのは久しぶりじゃない?」

「桃子さん昨日ぶり!そうなんだよ、それより見てよ!アルのヤツ生意気に弟子なんか取ってんだぜ?」

「弟子はない…助手だ。」


 ショートボブがとても良く似合う綺麗な女性ひとだった。このお店のウェイトレス兼ママ兼バーテンダー。


「うふ、可愛らしい子ね。お名前は?」

「御子柴優子です。わけあってアルフレッドさんの事務所で働かせてもらってます。よろしくお願いします。」

「あら、丁寧にありがとう。私は桜井桃子。桃子でいいわよ。」

「桃子…さん。ありがとうございます。」


 桃子さんはアルフレッドが魔道管理局だった頃から二人をよく知る人物。当時はしょっちゅう二人で飲みに来ては小難しい話をして、議論を深めていたそうだ。アルフレッドが魔道管理局を辞めた後は、それぞれ定期的に通っているらしいが、不思議なことに数年間被ることがなかったそうだ。


「まだお酒は出せないけどどうする?コーヒーでいい?優子ちゃんは?」

「あ、わたしもコーヒーで大丈夫です。」


 それぞれにコーヒーが配られる。


「これは優子ちゃんにサービス」


 桃子さんはウインクをすると、紅茶のシフォンケーキを私にサービスしてくれた。


「あ、ありがとうございます。」

「じゃあごゆっくり~」


 私たち以外お客さんがいない店内。桃子さんは店の奥に引っ込んだ。


 さて―。

 そう話を切り込んだのは加藤さんだった。


「俺に聞きたいことってなんだよ、アル。」


 コーヒーをすすり、一呼吸。タバコに火をつけ、一服すると、アルフレッドはゆっくり話し出した。


「子供の魔獣化の話は知っているな?」

「ああ。三年程前からここら辺の小学生が魔獣化するってアレだろ?管理局でも大慌てで対策室設置して、今年ようやく専門部署ができたよ。まったくお役所仕事ってのはハンコ、ハンコ、ハンコで全然進みゃしねえ」

「今回、とある家庭から子どもの魔獣化を治して欲しいという依頼を受けて、様子を見に行ったんだ。」

「おいおい、お前さん魔獣に関しては専門外だろ?」

「ああ。だが、違和感を感じた。」

「違和感?」


 アルフレッド曰く、その子供はまさに獣のようで、唸るだけで言葉を交わすことはできず、ただただ暴れるだけ。症状はまさに魔獣化そのものだった。

 唯一異なる点は、身体的な変化を伴っていないこと。

 魔獣化とは、『魔』なる存在が人間に憑依することで発症する、いわゆる感染症のようなもので、特徴としては憑りついた『魔』の能力や身体的特徴を色濃く反映させる。岸浜市では3年前に最初の魔獣化が確認された。それ以来、年を重ねるごとに徐々に増えていき、今年はすでに10件の魔獣化が報告されている。


「依頼を受けた家を訪問した時、儀式なんかを行う『机飾り』があったんだ。」

「まあ、机飾りだけなら宗教とか家庭の事情ってのもあるだろうし、そんなに珍しくはないわな。」

「問題なのは、見慣れないマークがあったことだ。」


 アルフレッドは胸ポケットから手帳とペンを取り出すと、その見慣れないマークを描き、私たちに見せてくれた。円の中心に目があり、瞳には『魔』と書かれた少し不気味なマーク。


「こりゃあ…確かにまずいな。」

「やはり、管理局はこのマークについて知っているようだな。まずはそれを確かめるために加藤、君を呼んだんだ。」

「知ってるも何も…魔人教だろ、これ。岸浜市にもついに魔人教が入って来たってのか?」

「それはわからんが、少なくともここ3年で増加傾向にある魔獣化と無関係とは断定できんだろうな。」

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