第2話魔獣化した子Ⅱ

 電車のボックス席に向かい合わせで揺られる。しかめっ面のような、いつも通りのような、顔の表情であった。私は彼と出会った時から文字通り、彼の


「あの、アルフレッドさん…怒ってますか?」

「何故だ?」

「だって無理やりついて来たから…。」

「残念だが、『怒り』という感情は17の時に克服済みだ。」


 アルフレッドは怒らない。それと同じく褒めもしない。考え方、価値観のようなもので、彼を構成する一つの真情だ。


「それしても、心が見える君が、『怒っていますか?』とは実に面白い。」

「だから、アルフレッドさんの心だけ何故か見えないんですよ!」


 ♦


 そう―。私は生まれつき他人の心が見える。正確には他人の心の『色』が見えるのだ。怒っている時は赤、悲しい時は青、喜んでいるときは黄色など、視覚的に人の心が見える。しかし、2年前、初めて心の色が見えない人に出会った。それが彼、アルフレッド・F・ヴェルネックという今目の前にいる男だった。

 今までそんな人に出会ったことがなく、あまりの衝撃に私は彼に、ついこう言ってしまった。


 ―あなたは本当に生きているんですか?―と。


 その時の彼の表情は今でも忘れられない。真顔で少し考えたあと、少し微笑み、こう言った。


 ―重要なのは、貴女が今見えている事実を事実であると認識することだ―と。


 それから私は彼の事務所で助手としてバイトさせてもらうことになった。彼は私の話を真剣に聞いてくれた。しかし、鵜呑みにするわけでもなかった。彼曰く、にわかには信じがたいが、事実として受け止め、日常生活の中で様々な角度から観察し、事実を現実に落とし込むのが、科学だと語った。私自身、何故彼の心だけ見えないのか興味がないと言ったら嘘になる。


 彼の職業について実は私も良く知らない。表向きは『アルフレッドカウンセリングセンター』という事務所を構えている。しかし、彼は、医術、魔術、錬金術などにも精通しており、何でも屋みたいな事も仕事として引き受ける。あまり自分の過去を語らない人ではあったが、魔道管理局に勤めていたことがあり、『魔』に関連することにはある意味専門家である。


 ♦


「何故、私の心だけ見えないのか。他にも見えない人は存在するのか。全世界60億以上いる人間を一人ひとり確認すればすぐに答えはでるわけだが、現実的ではない。かと言って、私以外、心が見える人がいないと断定することも合理的ではない。」

「じゃあ私はどうすればいいんですか?」

「簡単だ。旅をすればいい。日本一周旅行なんてどうだ。」

「ふ、二人でですか!?」

「私はこだわらないよ。ただ、君に理解があり、寛容な人がいれば…だが?」

「ぐぬぬ…」


 実際興味はあるし、旅行も好きだ。しかし、この人と二人旅というのは何とも飲み込みづらい。きっと私の心が休まらない。色んな意味で。


「実際、君は君自身の心は見えないわけだろ?」

「まあ…はい。」

「じゃあ、君の方から見えるあの青年の心は今何色だい?」


 アルフレッドは席を少し立ち上がり、軽く振り向くと、スマホで何かを見ている青年を指さした。


「えっと、青系統なんですが、群青…とても濃い…どちらかと言えば黒に近い青がます。とても悲しい出来事があったようですね。」

「なるほど、目立つというのはつまり他にも色があるってことかな?」

「ええ、人の心は一色じゃないんです。普段は虹色のようにいろんな色がうねっている感じで、例えば怒りの感情が強いと赤系統の色が目立つようになり、あの青年のように悲しい出来事があると青系統が強く表面にでますね。」

「じゃあ彼は今悲しい顔をしているかな?」


 私はハッとした。青年の横顔は一切表情を変えず、スマホをじっと見ているだけだった。人の感情は常に一定ではない。実際、そうだろう。ちょっとしたことで嬉しくなったり、悲しくなったりする。私は視覚的にそれが判断できるので、あまり人の表情などは見なくなってしまったっていた。


「きっと彼はスマホアプリで小説なり、漫画なり、動画なりを見ているのだろう。真剣に見ているので、表情に変化はない。しかし、心は違う。物語が進むにつれて、感情は様々に変化していく。今は丁度悲しいシーンなのだろう」

「ちょっと納得しました。」

「優子、君はその眼に頼りすぎている。いや、慣れ過ぎてしまっている。もっと人を観察することだ。なまじ見えているだけに人としての共感能力が育っていない可能性がある。」

「…お説教ですか?」

「いいや、忠告だよ。やるかやらないかは君次第だ。私はそれ以上踏み込まないし、踏み込めない。ただ、これだけは言える。人は共感の中に生きる生き物だ。相手を尊敬し、愛する。それが人間本来のタスクと言っていい。」


(なんて煮え切らない人だ…)


【えー次は終点、岸浜、岸浜です。お出口は右側です】


 終始、彼のペースでモヤモヤした会話をしているうちに目的の駅に到着した。これから彼の友人に話を聞きにいくそうだ。魔道管理局の元同期で、彼の数少ない心を許せる友人らしい。確かにアルフレッドは人付き合いがいい方ではないように思える。


(まあ、私も人の事言えないけどね…)

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