アルフレッドは怒らない

岡崎厘太郎

第1話魔獣化した子Ⅰ

 薄暗い事務所-。

 年季が入ったシーリングファンがゆっくり回っているばかりで人の気配がない。相変わらず立て付けの悪いドアはギギギと音を響かせる。


「…アルフレッドさん?…いますか?」


 やはり誰もいない。そして鍵もかけずに不用心だ。タバコの匂いと埃っぽい事務所。どうやらシーリングファンは役に立ってないないようだ。奥にを進むと、固定電話とタバコがぎっしりつまった灰皿だけがおいてあるだけの彼の仕事机に、ポストイットのメモが残っていた。


 岸浜市黒川町○○-△


 そこに書かれていたのは、誰かの家の住所だった。駅2つ分くらい離れた場所。住所の雰囲気から一軒家のようだった。ポストイットの下隅に殴り書きで「魔獣」と書いてあった。


「…魔獣?」


 そういえば、3年程前からこの地区の小学生を中心に子供が魔獣化したという事件が多発しているというニュースが今朝流れていたのを思い出した。


(それと関係あるのかな…?)


 ふと腕時計をみると、長針が30分を指していた。いつも使ってる急行岸浜線。私が乗ってきた15分の電車のあとは、最寄駅を38分に出発する。

 私はポストイットを剥がし、ポケットに突っ込み、事務所を飛び出した。


 この事務所は意外と立地がいい。最寄り駅まで歩いて5分、向かいのビルの一階にはコンビニもあるし、陸橋をくぐれば映画館のあるショッピングモールがある。

 残念なのは、5階建てのビルなのにエレベーターがないこと。事務所は5階。彼の事務所を訪れる時、いつも階段なのだ。

 新しいビルと高層マンションに挟まれた、古ぼけたビル。ビルとマンションが建つ際、何故取り壊さなかったのか不思議でならない。


 そんなことを考えながら早足で階段を駆け下りる。勢い良く降りれるのは三階まで。外に着く頃には息があがり、肺が爆発寸前だ。

 普段、運動をしないのもあるだろうが、こればかりは毎度ながら慣れない。


 鼻から大きく息を吸い込み、少し止めて、口から吐き出す。息を少し整えてから、最寄り駅まで小走りで向かった。


 田舎ならではの二両編成の電車。この時間はさすがにお客さんもまばらだ。とは言え、通勤、通学と帰宅の時間帯は乗車率100%を超えている。


 ポストイットに書かれていた住所の最寄り駅を降りて、カバンからスマホを取り出し、地図アプリで住所を検索する。駅から歩いて10分だが、土地勘があまりないのでもう少しかかりそうだ。


 該当の家の前につくと、丁度、アルフレッドが玄関から出てきた。私はとっさに隣の家との塀の隙間に隠れた。


「では、お父様、くれぐれも忘れないように。」

「うるさい!ペテン師め!あんたに相談した私が馬鹿だった!二度と来ないでくれ!」


 大きな音をわざと立てるように玄関のドアが閉まった。アルフレッドはため息交じりで一度だけ肩を上下に揺らした。ポケットに手を突っ込むといつものタバコを取り出し、口にくわえ、ジッポライターで火をつけ一服し始める。


「ふう。いつまで隠れているつもりだ?優子。」

「あ、…バレてました?」

「お前はいつもイチゴみたいな匂いがするからな。」


(確かにイチゴのボディクリームはつけているが、そんなに匂いが目立つような距離でないはずだ。家の前に残った残り香でバレた?)


「そんなことより、優子。何故ここに来た。今回は助手の仕事を頼んだ覚えはないんだがな。」

 アルフレッドはタバコの煙を深く肺に流し込み、蒸気のような煙を吐き出した。


「机のメモに魔獣って書いてあったので、なんか嫌な予感がして…。だって、アルフレッドさん、魔獣とか専門じゃないじゃないですか!」

「確かに私は魔獣だの魔物だのの専門家ではない。だが、安心しろ。この家の子供はわけではない。」

「え!?」

「そうなれば、私の専門だ。だが、この家の親御さんは何かおかしい。何かに恐れているような、隠しているような…つまり、まだまだ情報が足りない。私はこれから知人に会いにいく。優子、お前は帰れ。」

 タバコを靴の裏で消し、胸ポケットから取り出した携帯灰皿に入れた。


「嫌です!私も行きます!」

「…好きにしろ。」


 2人はアルフレッドの旧友の元へ向かった。




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