――幕間――

 ある若者がアパートの室内でドアノブを使って首吊り自殺を遂げた頃、国内某所の無人島に建設された基地から、秘密裏に宇宙船が発射された。宇宙船は本当に建造されていたのだ。しかし、首を吊った彼がその事実を知ることはなかった。


 厳重に情報統制が敷かれていたため、宇宙船の存在および発射の日時については秘密が保たれていたが、地上に残された者たちは空に現れた航跡や振動といったものによって、宇宙船が発射されたらしいと察知した。そして「あれに、当選した奴らが乗っているのか」と歯噛みして悔しがるが、彼らには飛び立っていく宇宙船を見送ることしかできなかった。

 無情にも地上に置いてけぼりにされ、滅亡から逃れる術はもはやないと悟った人々が起こす混乱は更に大きく、激しくなっていく。お互い、誰が敵で誰が味方なのかもわからないまま、あちらこちらで小競り合いが発生し、それは殺し合いへと発展していく。おそらく隕石衝突を待たずして、ほとんどの者が死んでいくのだろうと思われるほど、地上の狂騒はすさまじいものがあった。



 隕石衝突まで残り一日足らずとなった頃、地上に大多数の人類を置き去りにした宇宙船は木星軌道付近まで到達していた。木星と土星で相次いでスイングバイをして更に加速を付け、一気に太陽系を抜けたら、いよいよワープして外宇宙へと飛び出す予定だ。その旅に明確な目的地はない。とにかく、人類が移住することができそうな惑星が見付けるまで旅は終わらない。もしかしたら、ふさわしい移住先候補を見出せないまま志半ばで、彼らの逃避行は終わりを告げるかもしれない。むしろ、その可能性の方が高いといえた。

 

 宇宙船内部では人工重力システムが稼働しているため、乗客たちは宙に浮かぶことなく、飛行機に乗っている時と同じように、腰をベルトで固定して座席に座ることができていた。彼らは、衝突に巻き込まれないコースをたどる人工衛星から届けられるはずの隕石衝突の瞬間を待ちながら、それぞれの時間を過ごしていた。


 彼らは何を思うのか。

 同情か。悲しみか。あるいは――



 宇宙船は、進んで行く。

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