公正な抽選
金糸雀
希望の切符、争奪戦
その発表は事前告知の上、全世界同時に行われた。
事前告知では「人類の存亡にかかわる重大な発表を行う」のだとしきりに強調されていたので、僕もリアルタイムでその発表を見た。発表の時間は日本時間の真夜中で、それは例によってアメリカにとって都合のいい時間帯に設定したから。だけれど、今回ばかりはアメリカの身勝手を責められない。
僕はインターネット配信で見たけど、全国民に伝わるようにと、テレビやラジオをはじめ、あらゆる媒体で発表は行われた。
さて、その発表の内容だが、なんでも、あと一年ほど後、巨大隕石が地球に衝突するのだそうだ。予想される衝突地点はアメリカ、カリフォルニア付近。僕が先ほど、今回ばかりはアメリカ優先を責められないと言った理由が、わかってもらえただろうか。
隕石はあまりにも巨大なため、地球は砕けはしないもののドロドロに溶けたマグマの海のようになり、全生命が滅ぶ見込みだ、と発表では告げられた。
――何だそれ。逃げ場がどこにもないじゃないか。なんならいっそ今死んどけば怖い思いもしなくて済むし楽なんじゃ……?
僕はそんな絶望的なことを考えたが、発表はこれで終わりではなかった。
『しかし人類は座して滅びを待つことをしない。宇宙船を建造し、移住可能な星を求めて外宇宙へと旅立つ。乗組員は公正な抽選をもって選抜する』
そんなことを言った。
――はて、今の人類の科学力ってそんなに進んでたっけ。太陽系から出るのすら無理なレベルだと認識していたんだけど。どう考えても、外宇宙に出るなんて無理じゃないのかな。宇宙船なんか建造するよりはまだ、隕石を核か何かでどうにかする方が、簡単そうに思えるのだけど。
とまぁ、おおいに疑問だったのだけど、抽選の詳細が、衝撃の発表から三日後、今度は国内限定で公表された。
まず、当選者数についてだが、これは各国・地域の人口比率に応じて決定される。日本に与えられた枠は、百人分。「十五歳から四十歳まで」と年齢制限が設けられており、これは「世代を宇宙空間で繋いでいく旅行であるという性質を考慮」してのものだそうだ。要は、自分のことを自分でできず、基本的な教育を施さなければならない赤ん坊や子供、もはや新しい命を生み出さず、荷物になることが確定している中年以上の世代は門前払いということ。さすがにそう言及されることはなかったが、つまりそういうことだろう、と僕は正しく理解した。
次に、抽選の方法について。これについては、対象年齢内の国民一人一人に専用デバイスを与えるので、選考を希望する者は各自必要事項を入力、送信すると抽選にエントリーすることができ、エントリーした者の中から当選者が選出される、と説明された。デバイスにはなりすましを防ぐための機構があるため一人が複数回エントリーすることはできないこと、あくまで個人単位でのエントリーしかできないことも併せて伝えられた。
最後に注意事項として、この抽選はいたって公正なものであり、国籍や居住地域による不平等はなく、年齢制限内の者であれば特定の属性の者が優遇されることはないということ、このような発表の後とあって国内外で極めて大きな混乱が生じると見込まれるが、犯罪行為に及んだ者は抽選対象から除外することが告げられた。
この発表の時点で、世論は大荒れに荒れた。はっきり言って、荒れて当然だ。誰もが恐怖に怯え、確定した死から逃れることはできないものかと必死なのだ。遥か昔に恐竜も隕石衝突が原因で絶滅したといわれているけれど、彼らと違い、僕ら人類には知性が備わっている。だからこそこうして、自分たちに訪れる運命を事前に察知し、その瞬間まで怯え続けなければならないわけだ。進化するというのも考えものである。
――話が逸れそうになったので元に戻そう。
そもそも、一憶近い人口に対して百人という当選枠はあまりにも少ないのではないかという点、抽選が完全に個人単位で行われるため、家族みんなで、あるいは愛し合う者同士が共に宇宙船に乗る権利を獲得するのは不可能であるという点、そして、選考に年齢制限が設けられた点について、不満が噴出した。
第一の点に関しては、抗議すれば枠が増えるというものでもないし、国籍や居住地域による不平等はないという話なのだから、条件はみんな同じと思って呑み込むしかないのだけど、事が事だけに、そう簡単に呑み込めない人が大勢いて当たり前だとは思う。
第二の点に関しても、やはり抗議したところでどうしようもない。一つ特例を認めたら歯止めが利かなくなるのは目に見えているからだ。それならばどうすればよいかといえば、「個人単位での抽選を望まない者はエントリーを放棄する」という対処が可能だろう。対処といっても死んでしまうのだからまったくもって解決になってないが、まぁ、みんなで死ねば怖くない、というやつだ。
最も紛糾したのは第三の点についてだ。子を持つ親たちは「未来を担う子供を宇宙船内で育てるという選択はないのか!」と、中高年者たちは「年齢が高いから生産性がないものと決め付けて我々を排除するのか!」と、それぞれ抗議活動に出たが、もちろん、抗議したところでどうなるものでもなかった。
僕はというと二十六だから年齢制限はばっちりクリアしているし、親とは折り合いが悪いから別にどうでも、というか隕石ででもなんででもいいから死んでくれるなら大歓迎だし、独身で彼女もいないから、一緒に当選したい相手は別にいない。僕一人当選してしまったとしても、悲しむ人はいない。だから、憂うことなく抽選に参加できる立場だといえた。
正直なところ僕には、そこまで切実に生き残りたいという気持ちはない。じりじりとその瞬間を待ち続けるのは怖いし、苦しいのは嫌だから、隕石が衝突するまで待たずに、早めに首でも吊って楽に死んでおこうかな、なんて考えているくらいだ。しかし、確率は低いとはいえ、助かる可能性を示された以上、乗っかってみたくなった。宇宙船で旅に出るとか、なんだか夢があって素敵な気もするし。だから僕は、「当たればラッキーだし宇宙旅行とか面白そう」くらいの感覚で、抽選にエントリーすることを決めた。
隕石衝突まであと九ヶ月を切ったある朝、僕は宅配業者から専用デバイスを受け取った。今日、この日のために僕は仕事を休んだ。抽選は、この一日、午前十時から午後八時までの間にしか、行われないからだ。
箱を開けてみると専用デバイスというのはなんてことない、小型のタブレットだった。届いたものが案外普通だったので少し拍子抜けしたけれど、よく考えると、抽選だけのために対象者一人一人にこんなものを届けるのには膨大な手間暇、そしてお金がかかっていそうだ。国家予算から相当支出したのではないだろうか。隕石のおかげで長期的な見通しなんか立てなくてもよくなったから、こうしたことに予算を割くことができるということか。あるいは、国ももうヤケになっているのかもしれない。
同封された説明書を読みながら僕はタブレットを立ち上げた。まず、指定されたIDとパスワードを打ち込み、次に左手の人差し指を液晶画面の隅に当てることで生体情報を登録。この指はこのまま離してはならず、三十秒以上指を離したり、途中で別の人間の指が当てられたりした場合、不正とみなされてタブレットは強制終了するそうだ。なるほどなるほど、こうしてなりすましを防ぐわけか。僕は納得して、操作を続けた。
説明書によると、抽選へのエントリーは、専用サイトにアクセスし、全部で五つのパートに分かれたアンケートに回答し、送信することによって完了する。
そのはずだった。
しかし、そううまくはいかなかった。
専用サイトへのアクセスができないのだ。何度リロードしても、「現在アクセスが集中しているため、アクセスすることができません」という味気ないメッセージが表示される。これでは、手続きは不可能である。僕は一時間ほどひたすらリロードを繰り返した後、専用デバイスをシャットダウンした。少し時間をおけば、少し状況が変わるかもしれない。
ただぼんやり待っているのもなんだし、僕はスマホを手に取り、SNSを眺めた。そこには、僕と同じように、「いくら待っても専用サイトに入ることすらできない」といった、怒りに満ちた投稿がたくさんあった。中にはほんの数えるほどだけどアンケートの入力フォームまでたどり着くことができたという人もいたが、最初の五十問分ほどを入力したところで先に進めなくなったり、苦労して八百問に及ぶアンケートの全項目への回答を終えたのに、フォームを送信したらエラーが出て、最初からやり直しになったり、と、いずれにしても途中のどこかで引っかかって止まってしまい、抽選へのエントリーを無事に終えることができたという人はいなかった。途中までは手続きを進められた人の投稿からにじみ出る怒りは更にすさまじいものがあった。
――ものすごい勢いでアクセスが集中するから仕方がないのだろうな。みんなめちゃめちゃ怒ってるけど、うんうん、仕方ない仕方ない。
僕はそう思いながら一時間ほど時間をつぶしてから、再度のアクセスを試みた。
今度は二時間粘った。しかし、やっぱり専用サイトにアクセスすることができない状態が続いた。僕はこの時点であきらめた。だって、あくまで「当たればラッキー」くらい、本当にそれだけだったし。だけど、ほとんどの人はなんとしても抽選にエントリーするべく、時間いっぱいまで粘ったらしい。
結局、誰一人として、抽選にエントリーできたという人はいなかった。
当然のことながら殺到した苦情に対し、予想を超える大量のアクセスのためサーバーがダウンし、不具合が生じたこと、サイトの不具合によって抽選にエントリーできなかった人を対象とした二次抽選が行われることがアナウンスされた。二次抽選は、準備の都合で一ヶ月ほど後になるということが続いて伝えられた後、犯罪者は抽選対象から除外する旨が再度強調された。
おとなしく二次抽選を待とうという人もいれば、抗議活動に合流する人もいた。「百人が宇宙船に乗れるとなどという話は、最初からないのではないか。嘘をつかれているのではないか」というのが、抗議活動の新たな論点となった。抗議活動だけで済ますことをせず、暴力、略奪といった行為に手を染める輩も出始めた。いずれ警察や自衛隊なんかも機能を停止し、奪い合いや殺し合いが始まるのだろう。
日増しに、「犯罪に手を染めずにおとなしく待っていれば抽選のチャンスが訪れる」などという甘い話を信じられるような状況ではなくなっていく。企業は次々と、廃業の連絡もないまま、なし崩しに営業終了、機能停止していった。企業のトップは会社の金を持ってトンズラするし、一般社員は出勤することをやめる。近いうちに滅亡するとわかっているこの世界で、律儀に働こうと思えるわけがないのだから当たり前で、僕も、抽選のために一日休んだっきり、職場には行かなくなっていた。
そうしてなんとなく毎日を過ごしているうちに隕石衝突まで三ヶ月となった。人類滅亡前夜のパニック状態に国中が包まれており、その惨状はもう――説明しなくても、わかってもらえるだろう。暴徒が街に溢れており、恐ろしくてうかうか食料や日用品の調達にも出られない。パニック状態はどこの国でも同じで、近いうちにユーラシア全域を巻き込んだ戦争が始まるのではないか、なんて声まで聞こえてくる。
――なんかもう、めちゃくちゃだな。これじゃ隕石で死ぬ前に、キレちゃってる誰かに殺されるんじゃないかな。
隕石衝突で死ぬとしても、暴徒に殺されるとしても、飛んできた核ミサイルか何かで命を落とすとしても、絶対に痛いし苦しいし、怖い。そんなひどい死に方をするのは嫌だ。だから、そろそろ自分の手で終わらせよう。
僕が死にたがりだというわけではなく、殺される人の数と同じくらい、いや、それ以上に、自殺する人は日々増えている。僕も、その仲間入りをするだけだ。
やっぱり首吊りかな。
僕は、準備を始めた。
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