第40話

 身をひるがえしたレフとストラヴィンスキーの背で弾頭は吐き出される。

 宙で追い炊き、ブースターへ火を入れた。

 初速毎秒百メートル。加速は走る二人を抜き去らんばかりだ。ままに間に放置されていたワゴンへ突っ込んんだ。飴とワゴンは押しつぶされ、車内でそのときストロボと火は瞬く。破裂音は鋭く交差点を叩きつけ、ピンポン玉と跳ねた車体から衝撃波は、同心円状と交差点を舐めて駆け抜けた。飲まれてレフとストラヴィンスキーは吹き飛ばされる。華麗に二回転など編集のたまものなら、摩擦抵抗も最大とアスファルトへ手足を絡めて身を擦りつけた。

 警官に機動隊員が、誘導されていた一般市民が、一部始終に身を縮めている。爆風はそんな彼も飲み込み四方へ散ってゆくと、前へ後ろへやがてワゴンの破片を空から降らせた。

 RPGの声を聞いていたなら冗談だろう、と思うほかない。ただ中でハートは目だし帽を警官へ押し付ける。護送車の影から飛び出した。その目は黒焦げとうずくまるワゴンをとらえ、いくらも離れた場所に横たわるレフとストラヴィンスキーに行き当たる。

 と、まだ何が燃えるというのか。漏れたガソリンに火は点いて、ワゴンをあっという間に火だるまへ変えていた。熱にいっとき後じさる。視界の端を過る影に気づいてハートは振り返った。

 レフが知らせてよこした目だし帽だ。中央分離帯を越えて車列をぬい、護送車へ向かい走っている。

「レーフッ。ストラヴィンスキーッ」

 呼びかけハートは銃をかざした。

「男、二人。MP5所持。離れるぞッ」

 マイクへ吹き込み引き金を絞る。されたところでたまったものではなかったが、二発目を装填する気はないらしい四人目の目だし帽が、手元をMP5へ持ち変えていた。ワゴンへと駆け出したハートと入れ違いになる。護送車へと走り出した。

 間もなく食らった反撃は、そんな背後の二人からだ。かいくぐりハートはレフの傍らへ滑り込んだ。そもそも優しく揺り起こすなどキャラクターどころかこのシチュエーションが許さないなら、力任せとレフのジャケットを掴み上げる。

「起きろッ」

 離れた場所に転がるストラヴィンスキーへも声を張った。

「ストラヴィンスキーッ」

 音量にレフの体が跳ね上がり、ほどなくストラヴィンスキーも呻いて頭を持ち上げる。

「……あ、あの世まで、吹き飛ばされたかと思いました」

「安心しろッ。お前が思うほど近くはないッ」

 燃え盛るワゴンを盾に移動すると身をひそめた。

 黒煙の合間から見える目だし帽たちは背中合わせのポジションを取ると、すでに護送車の後部ドア前に立っている。

「二人、リアについたぞ」

「一人は残弾が少ない。追いついたRPG野郎が外を見張るハズだ」

 ハートがマイクへ吹き込めば、調子を取り戻したレフも教えた。

「誰かジープのキー、抜いてくれてるといいんですけど」

 少々歪んだ眼鏡のブリッジを、ストラヴィンスキーが押し上げる。そんな二人めがけてアーミーベストから抜き出したマガジンをハートは投げた。

「ここで逃がすか。笑い草だぞ」

「他は?」

 ハナだ。混ざりイヤホンから声は聞こえてくる。

「見当たらん」

 むしろこれ以上は勘弁だろう。

「じゃ、ポイントメンのみなさん、よろしく」

 口ぶりには、三人して顔を見合わせたことは言うまでもない。やがて飲み込み先陣を切ったのは、ストラヴィンスキーだった。

「はいはい。仰せの通りに」

 四つんばいできびすを返す。おっつけハートが振ったアゴで、別方向へとレフを促した。

 読みとおり、周囲を警戒するのはRPGを放った四人目の目だし帽だ。もう一人はその背でドアの開閉を確かめると、施錠されているとわかるや否やMP5で撃ち抜いた。あられもなく潰されたドアノブにひねる必要はもうない。ドアはただ引き開けられる。

 だからして次々と飛び来る銃弾に、車内で渡会の部下は二人、立ち上がっていた。まさぐった懐から回転式の拳銃を引き抜くと、迫る事態に身構える。だが前に出るスペースもなければ、後じさろうとしたところで車内は狭い。身動き取れず立ち位置を決めかねていれば、観音開きのドアは片側だけが開いていた。背を向けそこに目だし帽は一人、立ち、そいつか、と銃を持ち上げたその時だ。あいだへ二人目は飛び込んでくる。

 刹那、振り上げられたMP5は火を吹いた。護送車の天井に一列と風穴は開く。

「動くな、銃を捨てろッ」

 すぐさま向けなおされた銃口は二人をとらえ、引き金に触れたままの指がすでに圧倒的なストロークの差を見せつける。火力さえかなわないなら判断材料はそろったも同然だった。渡会の部下たちは奥歯を噛むと渋々、挙げた両手から拳銃を投げ出す。

「榊大輔か」

 見届け目だし帽が、うずくまったきりのモッズコートへ呼びかけた。空を撫でるようにファー揺れてうなずき返し、ひとたび目だし帽は声を張り上げる。

「鍵を外して縄を解け。早くしろォッ」

 モッズコートも立ち上がると、従え、と言わんばかりにかけられた手錠を渡会野部下たちへ突き出し迫る。

 前にした部下らがいっとき視線を絡ませていた。だが時間稼ぎなどあまりに拙い。二人がかりだ。やがて手錠と腰縄を解きにかかった。

 自由を取り戻したモッズコートが投げ出されていた拳銃を拾い上げる。掲げて部下らへ狙いを定めると、半歩、一歩、と外へ後じさっていった。

「……予定通りだ、同士。プライズにサプライズ。二十四日、我々は蜂起する」

 肩へ、目だし帽は囁きかける。瞬間、モッズコートの袖口で拳銃を握る手に力は込められた。やにわにフードの奥からあのくだりを放つ。

「与えられる楽しみは全て楽しむことを義務付けられた労働だっ。捕らわれた全ての民衆に真の娯楽をっ」

 その声は細く高い。

 背を向けていた四人目さえもが驚き振り返っていた。

 つまり声で正体が明らかとなるこれがタイミングなら、翻弄して路面で人影もまたひるがえる。逃さずモッズコートも部下たちから、目だし帽へと身を翻した。後ろ足へ体重を乗せるが早いか、目と鼻の先で唖然と見つめる目だし帽へかまえた拳銃の引き金を絞る。肩を貫通した弾が路面で弾けて粉を吹き上げていた。おっつけ投げ出された体も路面で跳ねる。様子に路面の影を追っていた四人目が、ぎょっとした目を向ける。モッズコートはそちらへも、切り返した靴先ですかさず拳銃を発砲した。

 倒れた視界へ日は差し込む。

 浴びてモッズコートは落としていた腰を持ち上げてゆく。詰めていた息を吐き暑苦しさも限界と、口元を覆う前立てを開きフードを払いのけた。艶めく黒髪は宙へ躍り出る。

「護送車、二名、制圧」

 告げて下りたままの撃鉄を、ハナは元の位置へ押し上げた。

「発砲に関する書類はわたしが」

 まだ熱の残る銃身を避けて握りなおし、大げさに目を回してみせる渡会の部下へ差し出す。自前の一丁を懐から引き抜くと、護送車から飛び降りた。

「まったくもう。どういうこと、これは」

 玉突き事故の車列に、散乱する車両のものらしき破片。それどころか交差点の真ん中では豪勢と炎さえ上がっているのだから言うほかない。

「そのセリフはチーフに残しておいてやれ」

 目だし帽が握るMP5を踏みつけたところで、イヤホンからハートの声は漏れ出す。

「お見事。ホント、なによりでしたっ」

 満を持して放つストラヴィンスキーへは、頬を緩めるほかないだろう。

「彼ら、榊をよく知らなかったみたいよ。背格好、合わせて、あたしじゃなくてもよかったんじゃない」

 向かいでは、投げ出されたもう一丁のMP5を渡会の部下が拾い上げていた。提げて振った手で応援の警官を呼び寄せたなら、見て取った警官たちは目だし帽へと群がってゆく。

 どうやら暴れるほどに二人は元気らしい。振り回されて人だかりは揺れ、いつの間にかすすけた体を払ってレフも玉突き事故の車列前から顛末を眺めた。

 今や辺りはるるロード前を拠点に完全封鎖だ。路肩には救急車が連なり、消防車の侵入を告げて拡声器の声が道を空けろと促している。見渡すほど取り戻されてゆくのは落ち着きで、ようやく終わったらしいことを感じ取っていた。だからこそ慌ただしさから浮いたように沈黙するそこが気がかりにもなっている。相手が正体不明ならなおさらだった。レフはジープへ向かい足を繰り出す。懐へ銃を挿し戻すとそのドアへ手をかけ、中へ頭を潜り込ませていった。

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