第39話
真意はどうあれ、こうして意気投合しているところを目撃されたせいだ。その後の会話は思いがけず弾んでいた。用意した菓子がいくらか消えて監督は緑茶のお代わりを求め、それは飲み干さんかという舞台挨拶十分前になる。舞台挨拶の司会者を引き連れ水谷は控室へと戻っていた。淡いピンクのスーツをまとった女性司会者はさすがプロ、というべきか、著名人を前にしたところでそつなくすぐにも簡単な打ち合わせに入っている。ここでも日本語でゼンブキイテクダサイ、と両手を広げる監督はお茶目でならない。眺めながら百々は、ドア脇で見守る水谷へと歩み寄っていた。
「支配人、映写室は」
「回し始めるまでとフィルムの交換にはわたしもつき添いますが、後は田所君に任せます」
言うものだから百々は思わず息をのむ。
「ブラック監督をお見送りした後、代わりにカウンターへ入ってもらうことになりますが、いいですか?」
それこそ田所の抜けた穴だろう。
「はいっ」
ならあのホットミルクは百々へと浮かべられていた。引き締めなおした水谷の、口は開かれる。
「それではお時間となりましたので、移動をお願いします」
立ち上がったブラック監督を引き連れ控え室を後にした。無人の部屋を施錠し百々は先回りでロビーへ出る。鉄扉を押し開けたとたん上がる歓声はもう暴力の息だ。宙で無数の携帯電話のカメラは揺れ、その隙間に好奇の目に目はのぞくと、見たこともないような人だかりはできあがっていた。光景に圧倒されてしばし立ちすくみ、押さないでください、と通路を確保して奮闘する仲間の声に急ぎ加わる。
「コレ、すごすぎないっ」
「アイドル、アイドル!」
歓声のボルテージはそのときさらに音量を上げた。
監督だ。
水谷の後につき、ついにロビーへ姿を現す。ギャラリの勢いは飛びかからんばかりと増して、押さえる百々の前傾姿勢へも拍車がかかった。
「これより先はっ、入れまっ、すぇーんっ!」
だが通用口でもそうだったように、前にしたところで監督は平然としたものだ。むしろ朗らかと手さえ振り返してみせ、そんな姿が見えなくなったところで百々も前線を離脱すると防音扉もシアターA前方、待機する監督らの傍らについた。
姿のない水谷と司会者は先に中へ入っている様子だ。
黙って待てば、こんな奥にもフロアのざわめきは届き、その冷めやらぬ興奮に混じって真横から、新たなどよめきは噴き出してくる。
「……盛大な拍手でお迎え下さい!」
司会者の声が高らかと響いていた。
防音扉を開いた水谷が、中へと促す姿はある。
これからを示し合わせる監督と通訳が、前に微笑み合っていた。
その顔を監督は、反り立つまだ何も投影していないスクリーンへと持ち上げる。
十二時二十分。
これからを焼きつけて、
「れでぃ……」
人差し指を突きつけた。
「あぁー、くしょんっ!」
ショーの幕は今まさに上がる。
護送車を遠目において回り込む。
脱出にまごついているのか運転席のドアは開いたきり、まだ誰も出て来ない。
目だし帽はその車体の向こう側、後方にちらくと、目にしてレフは立ち止まった。
マガジンには十一発。落とした腰で掲げた右手の銃へ左手を添える。早いか引き金を絞った。遮蔽物のない現状に二発ずつなどとしおらしいことは言っておれない。緩めることなく絞り続ければ容赦なく吐き出される弾に、目だし帽たちが護送車の向こう側へと身を隠した。入れ替わりでその運転席からようやく制服は転がり出してくる。押し出しハートも現れたなら、タクシーの運転手を拾って離れろ、と怒鳴り声は聞こえていた。
それきり別れてハートだけが護送車の車体へ背を貼り付ける。じわり、後部へ移動を始めた。
そんなハートの視界を横切る格好で、ワゴンがかすめ走ってゆく。護送車の後方、交差点を突っ切ると、シルバーバンの進入を拒み車体を斜めにブレーキを踏んでみせた。おかげで急停止、猛烈な勢いでギアを入れ替えたシルバーバンがバックしてゆく。ずいぶん距離をおいたところで停止した。
と、ハートが視線をレフへ投げる。
そこで弾切れとレフの手の中、銃のスライドも開き切った。
反撃から逃れて身をひるがえせば入れ替わりだ。すり寄った護送車の後部から銃口をのぞかせ、ハートが目だし帽への牽制を試みる。
パトカーが交差点を囲うように駆けつけていた。機動隊を乗せたグレーバスも二台、次々ブレーキを踏んで中から制服たちを吐き出している。四方へ散りゆく姿は訓練かと思うほどに沈着冷静で、唐突な侵入でシルバーバンとワゴンが起した交差点の玉突き事故処理と、一般市民の隔離に一目散と向かっていた。
見回したレフの目に、ワゴンから這い出すストラヴィンスキーの姿はとまる。
目測でなら二十メートル弱か。
測りつつレフは新たなマガジンを押し込み、マイクへ吐いた。
「ワゴンまで走るぞ」
全弾撃ち尽くしたハートの返事はこうだ。
「でかいポイントマンが食らって泣くなッ」
次を装填しなおすが早いかスタートを告げ、護送車後部からじりりと回り込んできた目だし帽へと引き金を引いた。
合図にしてレフはアスファルトを蹴りつける。
人の目には動くモノを追う習性があるからこそだ。堂々、横切り走るのは、目だし帽の視界にほからならない。とたんアスファルトの粉は足先で弾けて吹き上がっていた。だからこそ阻止するハートの狙いに狂いこそない。
「お疲れ様ですっ」
勢いのまま体当たったワゴンのボディーが鈍い音を立てている。聞いて目もくれず投げるストラヴィンスキーはシルバーバンの動向をうかがい続け、間もなくハートの声もまた届いていた。
「ジープ三人、制圧ッ」
「じゃ、くれぐれも、こっちだってお願いしますよ」
なるほど。おっつけ同じ方向へ視線を投げれば、そこでシルバーバンのドアは左右、開いている。目だし帽姿の男は二人、銃器さえおそろいと中から姿を現した。
ストラヴィンスキーがボンネットへ腹ばいと身を投げる。絞る引き金で発砲すれば、驚きドア影へ身を縮めた目だし帽へさらに撃ち込んだ。ひるがえした体を元の位置へ沈み込ませる。
「中にまだ二人。フロント割れて見えないんで、出てきますよっ」
「誰か回収に来いッ」
かたや声はハートのものだ。取り押さえた目だし帽を引きずり警官を呼んでいる。
などと注意が逸れたその時だった。ドアガラスが砕け散る。シルバーバンからの反撃が右へ左へ車体をなめた。
「ちょっ……」
体を縮め息を殺す。
止んだところで散らばるガラスを踏みつけレフは身を跳ね上げた。
「右、もらうぞッ」
追いかけ反転、ストラヴィンスキーも狙いを定める。
向かって左、運転席の目だし帽を仕留めて身を沈めなおした。
だがマガジン交換で伏せたのか、右側、レフの視界に人影はない。開いたままのドア向こう、後部座席から身を持ち上げた三人目へ、咄嗟と狙いを切り替える。
迷わず四発。
なら経ち続ける三人目の足元からだった。護送車へと、マガジン交換を終えた目だし帽が姿勢も低く駆け出して行く。
「クソッ」
聞きつけたストラヴィンスキーが前線復帰していた。
任せて、レフは三人目へ引き金を絞る。
よれるように倒れたところでレフもまた、知らせてハートへ肩をひるがえした。
「ハートッ、そっちへ一人、行ったぞッ」
追うストラィンスキーの銃口がボンネットを回り込んでゆく。だがこうも動く的を射るのは至難の業だ。
と、それは忘れていたような四人目となる。折り曲げていた体を伸ばし、運転席後部の座席からのそり、姿を現していた。
気づきレフは銃口を突き付けなおす。
目をこれでもか、と見開いていた。
なぜなら四人目の重たげな動作の理由はこうだ。
「ルチノーイ・プラチヴァターンカヴィイ・グラナタミョートッ?」
口走ったそれはロシア語で、横目で捉えたストラヴィンスキーにたった三語へ訂正される。
「R、P、G!」
全長一メートル足らず。重量およそ七キロの対戦車砲は、目だし帽の肩でワゴンを睨んだ。
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