第28話 case4# COMING SOON!

 曽我が応接セットのテーブルへ並べていった写真はどれも、焼けた榊の寝室だった。

 見下ろす百々は昨日、他人の財布でホーコイローに鶏のカシューナッツ炒め、春巻に水餃子とゴマ団子、さらには杏仁豆腐を食らっている。おかげで帰り道が鼻歌まじりだったことは言うまでもなく、しかしながらメッセージは就寝間際「翌日正午チーフ室集合」という短さで端末へ送りつけられると急転直下、こうしてソファに埋まることとなっていた。

「想像していた規模ではないな」

 こぼしたハートの手が背後から伸び、敷き詰められた写真の中の一枚をつまみ上げてゆく。

「そうですね。吹き飛んだのは寝室の中でもごく一部で、隣のリビングでお茶でも飲んで帰ろうかと思ったくらいです」

 果たして決まりがあるのかどうか。ビッグアンプル後同様、室内での立ち位置はみな同じだ。だからして写真を睨みつけるハートの隣で、ストラヴィンスキーもとぼけた口調を放っていた。だが言い得て妙と写真には焼けて半分の丈になったカーテンと、ガラスの割れ飛んだ窓が写し出されている。別の一枚には千切れて綿をあふれさせた布団に、熱を浴びてグロテスクにプラスティックの角を溶かした衣装ケースがおさめられていた。被害と言えばその程度で、様子は百々の目から見てもボヤに等しい。あえて損傷が酷いものを挙げるならベッドの向かい側、えぐれたような焦げ跡を残すデスクの天板あたりがせいぜいか。爆発痕らしいその傍らには食らって吹き飛ばされたらしい、押しピンが留める左端だけを申し訳なさそうにぶら下げていた。

「で、サカキは認めたのか」

 レフがいつものジャケット姿で乙部へと顔を上げる。壁際で腕を組む乙部はうなずき返していた。

「春山ってサルを回していた、あいつが興行師で間違いない」



「もしかしてあなた、シコルスキーの?」

 二十代後半。切りそろえて間もない髪が小ざっぱりした榊は、同じ東洋人から見ても印象的な童顔だ。きっとアメリカでは愛嬌ある東洋人として可愛がられていたタイプだろう。乙部は第一印象をそうまとめ上げる。

 そんな榊へ自宅が爆破されたと知らせた時の反応は微妙そのもので、真意を確かめるならあえて触れることを避けて乙部は質問にアゴを引き返した。

「やっぱりそうだ」

 目を輝かせた榊がヒザを打つ。逃がすものかでその手を持ち上げ乙部を指した。

「言っておきますけどあれはズルイですよ。あんな軍用下がり。そもそも機動性が違うじゃないですか。ホント、早く白旗揚げないと着陸する間もなく落とされるんじゃないかって思いましたからね。って、何ももの分かりがいいってことじゃないんです。今日飛ぶのかやめるのか。いつもの判断でしょ、コレ。むしろそうでなきゃ今頃、病院で寝転がってたでしょうからね。下手すりゃ地下の方で」

 うまいこと言ってやった。最後に笑う。一転させると声を低くした。

「どこかで実戦経験、あるんですよね。でなきゃ自分も落っこちるってリスクマネージメント、付け焼刃じゃあんなにギリまで攻めきれないでしょ。興味あるなぁ。もっとも民間じゃ、あんな飛び方こそ必要ないですしね」

 そうだと言ってくれ。向ける視線で懇願しもする。だが乙部にとってそんな榊こそ身の上を話して聞かせる相手でない。

「スカイエアライナーのオーナーも言っていたね」

 言葉を選んで口にする。

「あんたは手堅いって。あんたこそ、そういう場面がうってつけかもしれないな」

 はぐらかされた榊のがっかりする様はあからさまだ。

「臨機応変は必要だとして変えられないルールはある。守り切れるかどうかはあんたが言うように、状況に惑わされることなく原理原則を自覚し続けることができるかだ。混同する輩には向かない仕事さ」

 しかも引き換えに評価さえされていたなら、否定してまで追及する気にはなれないようだった。ただズルイ、と目で訴える。訴えたところでそれ以上を諦めもした。

「……ええ、ヘリは気合で飛んだりしないですからね。俺のモットーだってそんなところです」

 なら決着はついたも同然となる。

「だのに、どうしてだろうな」

 乙部は切り出した。

「あの夜、あんたは燃料を注がず飛んだ」

 なら早くも言わんとするところは伝わったらしい。確かにそのとき強張りは榊の目へ膜と張りつく。

「目的地を知らず飛行距離も測れない。慣れない状況を前にしたせいだと言ったところで、だからこそそんなミス、原理原則を重んじるあんたが口にできるハズないことくらいもう分かっているだろ。そう、あんたにミスはなかった」

 顔を乙部はのぞき込んだ。

「あったのはしっかりとしたフライトプランだけだ。つまりあんたはあのとき目的地を知っていた。だから燃料も注ぐ必要がないと判断した。そんなあんたこそが」

 吸い込む息で狙い定める。

「今回の首謀者だ」

 ままに見合えば互いはしばし瞬きを失った。

 打ち破り破顔したのは榊の方だ。参ったといわんばかり身をよじると呼吸困難さながら笑い出す。

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。俺だってテンパリるに決まってるじゃないですか。あの夜は受けた依頼にとりわけ緊張してて。その、俺は物騒なことに興味はあってもそれだけですから。つい魔が差したっていうか。首謀者って」

 どう説明すればわかってもらえるのか。振り上げた手で脳天をかきむしった。

「本当言うと飛ばすのだってやめようかと。だから、つい。その。うっかり……」

 だがそこから先が続かない。かきむしっていた手も力を失う。やおらダラリと投げ出すようにおろしていた。

「なんてあなたには、通じないですよね」

 媚びることをやめた頬が削げている。

「SO WHAT のことをどこで知った」

 これまでの回りくどさを乙部もまた取り払った。瞬間、榊の目は見開かれる。

「すべての娯楽に粛清を! 与えられる楽しみは楽しむことを義務付けられた労働だ。捕らわれた民衆へ、真の喜びに続く門戸を開く!」

 唱えた唇を、じんわり両側へ引き伸ばしていった。

「まさかあなたみたいな人が現れるとはね。確かにリスクはありましたよ。けれど部屋も片付けさせたなら、あとは始末するだけでコトはあの男がしでかしたものとしめくくられるはずだった。って、それこそ余計な完璧主義だったようで」

 うなずくしかない顛末だろう。

「阿呆なんだよ」

 独り言のように榊は吐き捨てる。

「爆発物を扱うサイトで物色しましたがね、とにかくあの男がホイホイ、一番反応良かった。使いやすくはあったけれど、あの調子で余計なことまで喋られちゃあ困るってもんだ」

「ハッキングもあんたか」

 入国管理局にあったフィリピン人、マグサイサイの件だ。だがここでも榊の反応は曖昧を極める。覚えがないのか、それとも心当たりがあるからこそはぐらかしているつもりか、イエスともノーとも取れぬ仕草でぎこちなく首を傾げてみせた。

「狼煙を……、合図に迎えは必ずやってくる」

 直後の呟きは最初、榊、本人さえ意味が理解できていないかのように棒読みだった。

「……やってくる」

 繰り返して初めて得心したように瞳へ意志を呼び戻す。だからこそ隠すとその目はまたぐらへ落されていった。それきり丸めた背が様子を一変させる。さかいに榊は身動きひとつしなくなっていた。



「らしいわね。春山はあのバスに仕掛けた爆発物の設計図、以前からうろうろしていたそのサイトで SO WHAT の事を知ったと言っているわ」

 ハナが口を開く。

「現実の世界で SO WHAT、つまり榊とやり取りがあったのは一度だけ。20世紀CINEMAとビッグアンプルで使用した爆発物、それらと現金を指定された公園の植え込みで交換した時だけということよ。でもそれ以前の問題として」

 そこでハナの頬は歪められていた。

「春山は革命なんてガラじゃない。アイツはただ自分が何をやりたいのか分からなかっただけ。だから色々、流行に手も出したようだけど満足できずにいた。だのに身近にやりたい放題で満喫しているおばあちゃんはいる。平たく言えばそんなおばあちゃんへの嫉妬が今回の動機ね。けれど嫉妬している自分すら認められなくて、手を出してがっかりさせられた物事と、かなわないおばあちゃんへ八つ当たりすることにした。何が楽しむことを義務付けられた労働よ。おばあちゃんは恥知らずよ。どうせ革命に加わったところで後からこんなじゃなかった、とかブレブレに決まってるわ。わたしが SO WHAT ならこっちから願い下げね」

 話も出来ぬほど泣いていたと聞かされていたのだから、取調べにはよほど耐えかねるいきさつがあったのだろう。一蹴と共に報告は締めくくられる。

「ふん、おかげで束の間 SO WHAT という夢中になれる対象を見つけられたんだろ。奴にとっては不幸中の幸いだったと言ってやれ」

「その幸いは公共の利益に反する。褒められるようなものではない」

 浴びせるハートへ百合草が釘を刺し、逸れた話を戻してストラヴィンスキーが振り返った。

「で、オツさん。榊は以降、本当に今も黙ったままなんですか」

 またも乙部が無言でうなずき返せば、なるほど、とストラヴィンスキーは眼鏡のブリッジを押し上げる。

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