第23話
果たしてどんな蹴破り方をしたのか。そっとフタをし直すことが出来ないストラヴィンスキーはそこで通信を閉じている。泣き続けているという春山の取り調べにハナが通信へ混じることはなく、辛うじて聞き取れた手作り爆弾の位置は車内床下であることが教えられていた。
一通りを詰め込んだ百々に加速し続けるワゴンの速度を確かめる勇気はない。
「そろそろ見えてもいいのに」
探すバスの姿にただ集中する。
なら緩やかな登りに並ぶ車列の向こうだ。ひときわ高い背で走る四角のテールは見えていた。
「レフ、あれっ」
おそらく並走、側面に回ったならピンクのラインにローマ字で書かれた「HIRUZEN」の文字も見えるだろう。目にしたレフも即座にウインカーを跳ね上げる。
「ソガ、バスを発見した」
ワゴンを左車線へと寄せた。右車線の二台をすぐさま追い抜いてゆく。
「了解。こっちも今、運転手と話がすんだ。ただし爆発物のくだりは言っていない。走行に支障をきたす恐れがあるため赤いワゴンの指示に従うよう知らせてある」
さらにもう一台、追い抜いたところでワゴンは右車線へ戻される。
「集団でパニックを起こされても厄介だ」
もうバスは目の前にあった。
確認は百々の仕事だ。
「うん、ナンバーも間違いない」
終えたところで再びワゴンは隣車線へ抜け出すと、側面に描かれた「HIRUZEN」の文字を舐めながら追い抜き前へ躍り出る。
「警察車両は?」
「次のインターでパトカーと移送用のバスが合流予定よ。今、事故車両による交通制限がかけられたことをラジオで流してる。さらに次のインターまで一般車両の通行は減るわ」
「それって爆弾が確認できたら、走りながらお客さんに移送用のバスへ乗り移ってもらうってことですよね」
勘違いできない段取りだ。レフに続き百々も確かめる。
「爆発物が設計通りに作動するなら制限速度は四十キロ。乗り換えるに不可能ってわけでもない速度だわ。乗せたままでこそ解除はできない」
「設計通り、か」
繰り返したレフは、正確を期す曽我の言い回しに気づいている。だからして尋ね返しもしていた。
「構造の把握は?」
「何かを参照して作ったらしいことは分かっているのだけれど、具体的なことは春山に確認中よ。ハートも遠隔でスタンバってる」
「俺たちの手に負えない場合はどうなる」
「インターまで三キロ」の看板がワゴンの上を飛び去ってゆく。
「処理班の応援も要請している。けれど彼らこそ出前じゃない。それに走行中の車から爆発物を除去することは彼らにとっても慣れた作業じゃないわ。準備がいる。合流するのはまだ先だと思って」
「なら……」
と、レフがワゴンの速度を落としていた。バスとの車間は見る間に詰まり、嫌ってバスは隣の車線へ逃げ出してゆく。その位置へ、ワゴンは吸い込まれるように下がってゆき、鼻先を並べたところですり寄っていった。操りながらレフも片手でシートベルトを外しにかかる。
「ち、ちょっとっ?」
目にした百々こそ瞬きが止まらない。
かまわず前で窓を下ろしたレフは、マイクへこうも告げていた。
「ソガ、ドアを開かせるよう指示してくれ」
続けさまその顔を百々へと向ける。
「あとは任せたぞ。移る間だけだ。速度は保て」
だとして、いや何を、と問うている暇がなかった。とたんハンドルを離したレフは、その手で窓枠をつかむと一気に外へ胸まで出す。
時速八十八キロ。
手放し。クラッシュ。即死亡。
三段論法は百々の脳裏を駆け抜けてゆき、全身全霊だ。ハンドルへと食らいついていた。
「ぎゃぁぁぁぁっ! 何、考えてるのよぉっ。自分がっ、自分がぁっ、運転手でしょうがぁっ」
などとわめいたせいだ。勢いあまったワゴンは小刻みに蛇行する。
「やたらに切るなッ」
レフは怒鳴るが、そもそもやろうとしていることが無茶苦茶なのだ。
「ムリムリムリ、無理ぃっ」
百々が連呼し返そうとレフは辛うじて残した足でアクセルを踏みつつ、さらに体を窓の外へ出してゆく。
「ハンドルは切るなッ。バスに合わせてまっすぐ走らせろッ」
それこそハンドルなど放って腕でも腹でも掴んで引き戻したい衝動に百々は駆られていた。
「あたしはそこまでバカじゃ、なーいっ」
だがそんな余裕こそもうない。
「ないなら、やれッ」
吐きつけたレフはもう完全に腰から上を外へ出している。風にニットはこれでもかと膨らみ、はためかせて窓枠へ腰かけようと身をひねった。
「いいか、アクセル離すぞッ。しっかり踏めッ」
「うそ、うそ。うそうそっ」
もう百々も腹をくくるほかない。拒否したところで待っているのは大惨事だけだ。
「やっ、やればいいんでしょぉがあっ。やればぁっ」
泣く泣く身を起こすとハンドルを握りなおした。突っ込んだ足でアクセルを踏みつける。これだけは外せないと、上げた顔でレフへ問うた。
「そ、それで、お戻りはいつですかぁっ」
ならどうにか車内をぞきこんだレフは言う。
「予定はないッ」
ごもっともだ。ゆえに百々もこれでもか、と訴えていた。
「あっ、あたしっ、免許持ってなぁいっ」
とたんピタリ、止まったのはレフの動きだろう。
それきりドンブラ、沈黙もまた互いの間を流れる。しかもやたらめったら長かった。あまりの長さにレフはまだそこにいるのか、百々はフロントガラスから振り返る。よかった。レフはまだそこにいた。
「ホントだってば」
浮かべるどうにも情けない笑み。
目もくれない。やがてレフは運転席へと戻ってきた。百々からハンドルを奪い返すと黙々、窓もまた閉めてゆく。
「い、言って、なかったっけ」
「聞いていない」
「げ、原付なら、あるんだけどねっ」
戻った助手席で歌うように言ってみる。だがそれこそいらない情報に他ならない。いらなさ過ぎて手に取るようにレフの苛立ちだけが伝わっていた。
「なんのためについてきたんだ、とか考えてるでしょ」
いたたまれなさにさいなまれてみる。
「ついでに使えないやつだ、とか思ってる」
だとしてそれもこれもが被害妄想でない証拠に、レフも何ら返してこなかった。ただ「インターまで一キロ」を記す看板だけが互いの頭上を飛び去ってゆく。
「別の方法を考えるだけだ」
ただレフは返していた。
言葉は果てしなく前向きだ。だが百々をかばっての事でないことは明らかである。なぜなら、そうあらねば誰かが命を落とすこれは状況で、言わせた自身の無能さが百々を責めた。果てに勢い任せと握ったハンドルよろしく誰かを振り落すようなことになったなら。
それだけは許されないと思う。
あって耐えられることでこそなかった。
遊びではないのだ。
足りずにいた「責任」の二文字を意識する。
同時にはっ、と息をのんでもいた。
だからして隣り合うレフへ視線もまた持ち上げる。そこでハンドルを握るレフは変わらず不愛想そのものだった。だがいっときだろうと素人の百々へ、疑うことなくハンドルを預けたのもその顔だと気づく。
もう決まったも同然となっていた。
足手まといに甘んじている場合でこそない。いそいそとだ。百々は己がシートベルトを解きにかかっていた。
「どうした」
気付いたレフがチラリ、視線を投げるが、かまわず後部座席へ移動する。運転席の真後ろでパワーウィンドもまた下げた。
「外の空気が吸いたくなったかも」
「外?」
「車酔いとかじゃないってば」
はたから見ればプールへでも飛び込むかのような具合だったろう。ぐるり、首を回してみる。両手を振って関節を鳴らし、端末を尻ポケットへ、イヤホンを耳へ、痛いほどねじ込み固定した。最後に靴紐を結びなおせばもう準備は整ったも同然で、ようし、と百々は前を見据える。
「あたしがバスへ行ってくる。もう一度、近づけてっ」
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