第14話

「どうりでまだ見つかっていないはずだッ」

 長身をレフが折る。

「どこだ」

 ハートがすぐにも確かめていた。

「ゲストエリア付、エレベータ基底」

 そのエレベータはもう八階に達しようとしている。

「ハナ、このエレベータは確認したのか」

 鉄板に開けられた穴へ指をかけるとレフは投げた。

「ノーよ。下から順に階段を使って上がった。階段からシャフト内は確認させたけれど、エレベータは最初から上にあったの。まだ中まで目を通せてない」

 取り外すつもりか。だが揺さぶったところで自分たちが乗っているのである。鉄板はびくともしない。

「あと何分です。レフ」

 ストラヴィンスキーが割り込み、声を耳にレフは閉じた片目で穴の向こうを覗き見た。

「八分……、ある」

「作業員が降りてきたなら、わたしとあなたで身元の確認を。残りは爆発物の処理に」

 耳にしたハナの判断は早い。

 八階を通過したカゴは、そんな処理班が待つ九階へとせり上がってゆく。ハナの指示と噛み合うだけの靴音は降り、仁王立ちと待ち構える足もまた百々の視界の中へと下りてきた。だが目にしたところで安堵こそわいてこない。案の定だ。減速する素振りをみせずエレベータは、九階フロアをやり過ごしてゆく。否や、レフの拳が緊急停止の赤いボタンを叩きつけた。止まらないなら上層階、全てのボタンを押し込んでゆく。だがエレベータは止まらない。

「クソッ」

 吐いたレフが扉へ食らいついた。揺すってこじ開けにかかればけたたましい音は鳴り響き、百々は体を強張らせる。だが扉は手動で開け閉めするからこそ、事故防止措置として稼働中に勝手と開閉できない構造らしい。レフの力でもってしても、まったくもって動かない。

 今度こそ真っ黒焦げだ。などと百々の脳内に浮かぶアフロヘアがコントなのは、妄想でさえその末路にモザイクが入っているからである。果てに無事エレベータで十三階まで上がった何某のラッキーをうらやんだ。だのにどうして自分の時に限って、と呪ったところで段違いと眉をへこませる。

「そうだよっ」

 気付いた事実は実に単純だった。

「エレベータは上にあったってことっ」

「それはもう知っている。今はそのエレベータが爆発物らしきものを抱えて止まらなくなったッ」

 言うレフの目は、扉の構造を辿ると忙しく動いている。

 引きつけ百々は、カゴを押し出しそんなレフの前へと躍り出た。

「違うってばっ。このエリアにエレベータはひとつ。最初から上にあった。あって、下ろしたあたしたちが乗ってから止まらなくなった。それってあたしたちが乗る前までは、ちゃんと動いてたってことなんだよっ」

 なら伝わったのか、レフの目はそこで動きを動を止める。虚を突かれたような瞳はそうして百々へとゆっくり動いていった。

「つまり爆弾は、十三階で降りた奴が仕掛けた。そう言いたいのか」

 顔へと百々は、ひとつ大きくうなずき返した。

 見て取り目を、レフは再び蛇腹扉へ向けなおす。広げた腕でおもむろに、百々の体を背へ押しやった。もろとも後じさったなら懐から、さげていた銃を引き抜き扉へ突き付ける。

 乗せたエレベータは単調な上昇の果てにもう十階だ。

 後がないならレフは、探し当てた扉のひと所へ引き金を絞った。

 食らった扉からオレンジ色の火花が散る。

「たっ。とぉっ。危ないっ」 

 嫌って百々も取っ散らかった。

「十三階へ向かった作業員はいるのかッ」

 放ってマイクへ吹き込んだレフが扉を蹴りつける。

「はい。先ほどゲストエリアから退避すると連絡のあった、クレーン運転士がそうなます」

「仕掛けたヤツはその中にいる可能性が高いぞッ」

 手加減なさにカゴは揺れ、繰り出す最後のひと蹴りで、銃弾食らった扉のフックを飴のようにねじ切った。歪と蛇腹を開いた扉の向こうに、二十二階のフロアがのぞく。

 と足音は、見守る百々の頭上へと降った。隣り合い伸びていた階段だ。撤収を命じられ地上へ降り行く運転士たちとすれ違う。

「あっ」

 咄嗟に遠ざかりゆく顔から顔へ、体から体へ、視線を走らせていた。

「ハナさん。運転士さんが降りてった。でもあのお兄さんはいないっ」

 共に十二階も足元へと吸い込まれてゆく。

 傍らで扉をこじ開けたレフは、できた隙間へ肩をねじ込んでいた。

 百々も頭上へアゴを持ち上げる。

 終着点はもうそこだ。暗がりでウインチはワイヤーを巻き上げ続けていた。向こう側に、動いてちらつくナニカもまたのぞかせる。

 人だ。

 間違いない。

「レフっ」

 思った瞬間だった。

「わかっているッ」

 十三階のフロアはせり上がってくる。

「降りるぞッ」

 叩き返され百々は伸びて来たレフの手に胸倉をつかまれていた。

「わぁっ」

 のけぞったと同時に目の前で、闇雲と銃の引き金は絞られる。フロア側にも取り付けられいる落下防止の蛇腹扉だ。火花を飛び散らせると、百々もろともめがけてレフはそんな蛇腹扉へ体当たりしていった。

 食らい、扉が倒れゆく間合いはまさにスローモーションをなぞる。

 互いの重みでどうにか剥がれた蛇腹扉と共に、むき出しのコンクリートへ百々はどうっと身を投げ出していた。

「いっ、たぁっ……」

 暗がりでも分かるほどの埃が辺りに舞い上がる。吸い込み、むせたところで迫る足音に歪めた顔を持ち上げていた。ぶしつけと向けられた光に百々は目を細める。

「テロ、リストより爆発物、に好かれているようで、何よりだ」

 ハートだ。防護服姿の三人を引き連れると、息を切らせ立っている。

 直後、背後から寒気のするような音は聞こえていた。振り返ったそこでめいっぱいロープを巻き上げたエレベータは、ウインチにミシミシ食われている。ややもすればシャフトの中、十三階に尻を半分のぞかせるかっこうで動きを止めていた。おかげで貼り付けられた爆発物はといえば、誰の目にも明らかな位置に宙づりと晒される。

「どうしていつも五分を切って俺に預ける」

 見据えたハートの安全靴が、百々の体ををまたいで行った。

 目で追って、伏せていたそこからレフも立ち上がってゆく。

「残れ」

 指示は百々へ向けたものだ。

 だとして百々にもそろそろ要領なら分かり始めている頃合いとなる。返事をするその前に、いつの間にか飛んでしまっていたイヤホンを耳へ押し込みなおした。交わされる通信より、下りて行った運転士の中にお兄さんはおろか、ホセ・マグサイサイも含まれていなかったことを確認する。

「探しにゆくの?」

 レフを仰ぐ目は厳しくならざるを得ない。

「おい、ここは任せたぞ」

 答えずレフは、ハートへただ投げていた。

「もうすぐストラヴィンスキーが上がってくる。それまで待て」

 振り返りもしないハートが返す。美術品でも鑑賞するかのような具合でエレベータに張り付けられた箱を見回すと、やおら振り返ってみせた。

「貴様らっ、こういう仕事は何はともあれ体力が肝心だ」

 などと放った相手は、防護服の三人へ、である。

「いいか、俺を掴んでいろ。絶対に離すなッ」

 そこから先に待ったはなかった。背からエレベーターシャフトの中へ倒れてゆく。

「わ!」

「冗談っ」

「落ちる」

 否やの三人の反応速度はさすがだった。間一髪で駆け寄り、ハートの足にベルトを掴んで押し止める。甲斐あってついた角度は、箱をハート頭上に固定してみせた。

「お、もっ……!」

「何、食ってんだぁ、コンチクショー」

「うるさいぞッ。どっちへ転んでもあと四分だろうが。グダグダいわずにやり通せッ」 

「神経質なやつだな。もう、もぬけのカラかもしれない。そいつを確かめにゆくだけだ」

 眺めてレフは言い放つ。

 静止する声はとたん、イヤホンからあふれ出していた。

 だからこそレフの手はマイクごとイヤホンを払い落とす。その手で、投げ出されていた懐中電灯を拾い上げた。

「あ、それ、さっきので壊れたっ!」

 咄嗟に百々は口走るが、スイッチオンで丸くコンクリートを照らし出す光のあっけなさよ。

「……な、なんてね。あは、あは、あは」

 笑うがレフに通じた様子はない。むしろ冷え切った表情で、ハートたちがやって来た方向へ身をひるがえした。

「ちょっと。一人じゃダメだって。危ないって。みんながっ」

 呼び止めようと振り返らない。ままに迷路の向こうへと、その姿を消し去った。

「白いツラが冷静に見えていると思うな、アニー。だから貴様はドドをかまされたんだろうが」

 ただマイクがハートの声を拾い届ける。

 聞えて百々こそ振り返り、かき消すハートはこうも声を張り上げてみせていた。

「いいかストラヴィンスキー、俺は手が離せん。今すぐ上がって奴をフォローしろ。今すぐにだッ」

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