第13話

「……します。A班、八階ゲストエリア、クリア。同エリア九階へ移動中。B班、八階バックヤード、クリア。同エリア九階へ移動開始。C班、八階機械室を確認中。保全作業中の作業員はすみやかに……」

 ガラス張りのあの部屋だ。飛び交う通信に光景は、苦もせず百々の中へ立ち上がってくる。聞き入るうちにもレフとハートはビッグアンプルへ入っていった。レフがその入り口、ラックに並べ置かれた懐中電灯を掴んでハートへ放り投げる。

「バジルのBだ」

 受け取ったハートの、言うその意味がわからないはずもない。

「なら俺はアーベンのAだな」

「でしたらぼくは外田のC班で」

 続くストラヴィンスキーへレフは、どこがCだと懐中電灯を投げていた。

「百々さん、聞いてる?」

「あ、はい。聞いてます」

 無線越しのやり取りを聞きつつ駆け出せば、あの赤いスーツの女性だ、声は百々へも投げかけられる。

「チーフの指示よ。あなたはレフと共に行動して」

 淡泊な物言いは二択そのもの、百々に余計なことを考えさせない。

「わかりました」

 ならこの会話も聞こえていたらしい。駆け来る百々へ前方で、レフたちが振り返ってみせていた。

「それからビッグアンプルの図面は端末へ転送してあるわ。操作は教えた通りよ。あとオペレーターの通信は理解できなくても常時モニターしておいて」

「はい」

 うなずき返し百々もその輪に加わる。

「じゃ、わたしは百々のDでっ」

「言ってやがる」

 ハートがごつい肩をすくめていた。

「担当は持ち回りか」

 すぐさまレフもマイクへ唇を曲げる。

「以降はチーフに確認して」

 そこへさらに新たな声は割り込んいた。

「ちょっと、セサミストリート諸君、早く上がって手を貸してくれないかしら。わたしたちが相手にしているのはこの気象条件もよ」

 常盤華だ。言い分こそ間違いないだろう。だからして光景もまた、そのとき百々の前へパノラマと広がっていた。それは今日、いやもう昨日になってしまったか。試写で見たスクリーンだ。吹き付ける嵐の中に立つ今だからこそ美しくも厳しい自然に順応して暮らすしなやか動物たちの姿は思い出されると、むしろ自分も同じ獣になったような感覚をおぼえる。

「……大自然の驚異っ」

 脈絡なく握りこぶしで放つも致し方なし。

「ならいくか、アニー」

 ハートがレフを促していた。

「ああ。最上階で会おう。ビッグバード」

 合図にしてそれぞれの方向へ靴先を切り返す。

「いくぞ、クッキーモンスター」

 握りこぶしを震わせる百々を、ついでとレフが呼びつけた。

「ええっ。あたし、あんなじゃないってば。あたしはどっちかっていうとエルモでしょっ」

 追いかけるその前に、百々もラックから自分用の懐中電灯を引き抜く。とにもかくにも駆け出した。

「ああ、見にくい」

 などと勢いがあったのはそこまでだ。何しろ現状、レフに従っていれば事足りるとして、コンクリートの打ちっぱなしが迷路のような建設現場である。自分がどこをどう歩いているのかまったくもって分からない。だというのに確かめるべく開いた地図は設計図もそのままと、これまたなんとも分かりづらかった。

「そっちじゃない。周りを見ろ」

 そんな図面にも慣れているのか、器用に画面をスクロールさせながらレフはゲストエリア九階で進められている捜索へ加わるべく、道を選ぶと着実に進んでいる。苦もなく業務用のエレベータ前へと辿り着いていた。

「だって、ここがどこなのか分からないと落ち着けません」

「それは俺が把握していればいい。ここにあの男が紛れていないか、お前はそれだけを注意していろ」

 スチール製の階段と並んで外壁に沿うように取り付けられたエレベータはだが、十三階に止まっている。数階程度なら隣り合う階段を使ってもいいが、そうでないならレフは「上」と書かれたボタンを押し込んだ。

 降りてくるのを待つあいだ百々は、ここが完成すれば十五階建になる事を、現在はその十三階までが組み上がっており、フロアは三班に分かれて捜査が進められているように「ゲスト」「バックヤード」「機械室」の三エリアに分断されているらしいことを把握してゆく。くわえてどのエリアも上下移動はエレベータと階段が一組ずつしか設置されていない造りだということも、どうにか図面から読み取っていった。

「ふむ」

 納得して顔を上げればちょうどだ。目の前へカゴは降りてくる。さすが工事現場の業務用と見てくれは、張られた落下防止のネットが四方に上下を覆う檻だった。だからしてガシャン、と音を立て止まったところでそこから先は手動らしい。フック型の留め具を解いてレフは乗り込んでゆく。

「八階到着。C班に合流しました」

 イヤホンからストラヴィンスキーが知らせていた。

「今、エレベータの中にいる。こっちもすぐだ。九階に到着する」

 返して扉を閉めたレフが、並ぶボタンの中から「9」と書き込まれたボタンを押し込む。強風にあおられながらカゴはビッグアップルに沿うと、ゆっくり上昇を始めた。

 三階をやり過ごし、四階へと向かう。

 渡会の一喝が効いたらしい。その頃には全作業員への撤収命令が出されたことが伝えられていた。そこには最上階の保全作業に向かったクレーンの運転士たちも含まれているらしい。

「ハナ、人数はまだ確認できていないけれど彼らがアンプル内の最後よ。十三階のそこ、ゲストエリアから引き上げると言ってきてるわ。今、レフと百々さんがエレベータを使っている。退避には階段を使う可能性が高いから注意して」

 赤いスーツの女性の声が、つまり見逃すな、と言う。

「了解」

 心得たハナの返事は早く、やり取りを聞いていた百々の目へ、そのとき思わぬ光景は飛び込んいた。

「わぁ、キレイ」

 いつしか眼下は眩いばかりのネオンの海だ。

「周りを見ろと言ったが、そっちじゃない」

 すぐさまレフに注意されてみる。

「す、すみません。高いし、揺れてちょっと怖かったので和んじゃいました」

 そんなエレベータはもう六階へ辿り着こうとしていた。どうやらハートもひと足早く九階へ到着したらしい。野太い声が知らせ、続けさまストラヴィンスキーの、同じく九階へ向かうと告げる声も入る。

 耳にしながら注意されたからこそだった。百々は意識せずにおれなくなった足元をのぞく。

「怖いなら下は見るな。前だけ見ていろ」

 これまたレフに食らわされていた。

 が、四十五度。

 はたまた九十度だ。

 見下ろしたままで百々は首を傾げてゆく。次の瞬間、叫び声を上げると、すでに狭いエレベータの端の端へ、震えてこれでもかと身をすりつけた。

「落ち着けッ……」

 背にして絞り出したレフは、むしろ違う言葉を吐きそうだ。

 だがもう、それどころではない。百々は懸命にアゴを振る。振って足元を見ろ、と全身全霊、レフを促した。

 仕草に振り返ったレフは睨みつけるばかりがおっかない。だが百々も譲らなければ渋々だ。その視線をなぞっていった。軽量化とパンチング、穴の開いた鉄板が敷き詰められた足元へと、目を向ける。

 と、開けられた小さな穴の向こう側だった。街のネオンに紛れて刻々、時を刻む赤い表示はのぞく。

「ぶぅぁっ、爆弾、ありましたぁっ!」

 知らせる百々の声がマイクを通し四方へ散っていた。

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