第12話
点在する資材と重機が、簡易トイレにプレハブ小屋が、目に飛び込んでくる。ただ中にそびえ立つビッグアンプルは掘り下げられた併設予定のショッピングモール基礎に囲われると、ガラス窓もまだはめ込まれていないコンクリートも打ちっぱなしの外壁へ落下防止のネットを張り、空を指していた。守らんと警官に作業員は、足場も悪い暗がりの中を声を張り上げ行き交っている。
ややもすればその中からだった。気づいた警察官がワゴンへ駆け寄ってくる。対応したのは例の身分証を掲げたストラヴィンスキーで、任せたレフはもうシートベルトを外しにかかっていた。
「怪盗でも盗賊でもかまわない。だが身分証と端末だけは忘れるな」
言われてトートバックをまさぐる百々は、まさにレフの案じたとおりだろう。急ぎ端末を掴み出せば、レフの手はそんな百々の前へ藪から棒に突き出される。
「貸せ」
「え?」
「端末だ」
不躾な口ぶりに断る、と言う選択肢はありそうもない。渡せばイヤホンを取り付けられて端末は、百々へ返されていた。
「あ、レフが女性へプレゼントですか」
警官とのやり取りを終えたストラヴィンスキーが再びワゴンを発進させている。砂利を踏みしめ投光器の光が照らし出すプレハブ小屋へと、徐行を始めていた。
「イヤホンは支給品にない。領収書は取った」
「でした。けど今聞いたところじゃ、こっちはそうもスマートな話じゃないみたいですよ。ビッグアンプルからの撤退はおおむね完了したらしいんですが、保全作業がまだ残っているからということで地上の作業員はまったく。おかげで混乱していて作業員の身元確認も難航中です。ハナさんは先にビッグアンプルへ捜索に向かったようですけれど、ハートがまだらしくって……」
「ハート、聞こえるか」
即座に端末のイヤホンを耳へ押し込んだレフが呼び掛ける。
「ありがと、使わせてもらうね」
聞きながら、百々もまとめられていたコードをほどきにかかった。どうやらイヤホンは片耳用らしい。途中にあるマイクはクリップと一体化しており、ひとまず襟元に固定し残りを首へかける。端末は、身分証もろともジーンズの後ろポケットへとねじ込んだ。
あいだにもプレハブ小屋はずいぶと大きくなっている。前で作業員と睨み合うタンクトップ姿のバジル・ハートの姿がはっきり見え、傍らにはその様子を眺めて立つコート姿の男らも確認できた。
「あ、やってる、やってる」
言うストラヴィンスキーはなぜかしら楽しげだ。ワゴンが止まり切るのを待てないらしい。レフは早くも助手席から抜け出してゆく。そのあとを、サイドブレーキを引き上げたストラヴィンスキーがおっつけ追った。
「こっちはワタライに任せておけ」
言うレフの声が聞こえてきたのは、遅れて百々がワゴンから降りた時のことである。
「だがこの石頭は作業が終わらんとテコでもここを動かんと言い張るッ」
怒鳴り返すハートは相当におかんむりだ。
「当然ですよ。気象庁の予測だと進路を変更した大型が直撃ですからね。何かあってからじゃ遅いんです。それともその損失、弁償してくれるとでもいうんですかっ」
負けず劣らずの作業員に、再びやり取りの熱は上がるかと思われた時だった。
「それよりあっちだ」
遮るレフが振ったアゴでビッグアンプルを指し示してみせる。
前へ、百々は駆け込んでいた。
「ごめんっ、遅れた」
とたん食らう視線が痛い。読まずにおれないその空気に、急ぎ百々は身分証を引っ張り出すと突きつけ回っていた。
「ほら、これ。ねっ、コレっ」
おかげで逸れた視線は間違いなく、関わらない方がいいと思ったせいで間違いない。ゆえに咳払いなど挟むと渡会ももう、何事もなかったように話し始めていた。
「え、あ、ビッグアンプルですが、ショッピングモール予定地とアンプル内を、下から上へ捜索中です。まあ、何かあったとしてもここは周りがこんな具合ですからね。今回こそ不審人物がウロついていれば必ず職質の対象になるはずです」
「ハナ、どこだ?」
レフがマイクへ口を開いた。
「一体、何なんです。わけもわからず危険だって言われてもね。勝手にアチコチいじくって、そっちが怪我したって知りませんよ」
懲りず作業員は詰め寄るが、もうハートに応戦する気はないらしい。
「三方に分かれますか?」
ただストラヴィンスキーが変わらぬ笑顔で確かめてみせる。答えるべくレフは度会へ振り返り、受けて小さくうなずき返した度会の足は作業員へ切り返されていた。おっつけ吐き出されたため息は、百々にも分かるほどと芝居がかっている。
「頼みますよ、これでも一刻を争ってるんでね。それとも公務執行妨害、ってやつを行使しなきゃならないほどのことですか。違う意味であなた、一生モノの怪我することになりますよ」
「そうだな、別れた方がいい」
任せてレフが、ストラヴィンスキーへうなずき返した。体を、ビッグアンプルへ向け倒す。支えて足が繰り出されたなら、駆け出したその背を追い上げハートもそこに連なった。
「え、何? どうなるの?」
言う百々がついて行けないのは、そのスピードよりもまず状況へ、だろう。
「百々さん」
教えてストラヴィンスキーが自身の耳を突っつき示す。そこにイヤホンは差し込まれており、目にして百々も急ぎ耳へねじ込んだ。
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