第11話
「現場、ってテロの?」
「そうだ。爆破予告がつきつけられた」
とたん百々の脳裏に俳優似のお兄さんは浮かび上がる。
「違う」
気づき振り払ったなら、震えるほども握る拳へ力を込めた。
「出たな怪盗、ソーワットっ!」
「いや、相手は何も盗んでいない」
「この、悪の軍団めぇっ!」
「ただのテロリストだ」
さいさん訂正されてほどなくキレる。
「きー。知ってますっ。どっちでも人の平穏を乱すなら同じですっ」
なら傍らへ、ワインレッドのワゴンは滑り込んでいた。向かってレフは手を挙げたなら、その先に瓶底眼鏡の彼、外田ことストラヴィンスキーの顔はのぞく。
「細かい話は中だ。乗れ」
「それってあたしのシフト、そっちに流されてるってコトですか」
としか考えられない経緯だろう。
「でなければサボタージュなのか拉致されたのか、万が一のとき把握できない」
「あたしは何も聞かされてないんですけどっ」
一応は個人情報である。助手席へ身を沈み込ませたレフに続き、むくれながらも後部座席へもぐりこめば、ワゴンはたちまち走りだしていた。空には、夜だというのにはっきり見て取れる黒さで分厚く雲が流れている。のぞかせるフロントガラスを背にレフは、百々へと振り返っていた。
「指紋が一致した」
「指紋?」
繰り返す百々へ、レフはひとつ、うなずき返す。
「テロリストと接触後、俺たちは『20世紀CINEMA』を出たがあの後、鑑識が駆けつけている。そこで採取されたものだ」
「あ、ショーケースだ……」
「彼、列の最後に並んでたらしいですね。だから指紋がついたのも一番最後。ということで結構いい状態で採取できたそうですよ」
ルームミラー越しにストラヴィンスキーも口添えた。
「元に各局のデータと照合。合致するものはないと結果が出た後の今日だ。同一の指紋が残された犯行予告は送りつけられた。直後、入国管理課のデータとそれら指紋は一致している」
かわすうちにもワゴンは国道へ抜け出すと、天候のせいなのか時間のせいなのか、ガランとした路面の、またもや青一色で連なる信号の下を走りだす。
「じゃあ、あのお兄さんって、一体何者だったんですか?」
「不法就労者だ。再入国したのだとしたら問題レベルのな」
明かされたなら驚かずにはおれないだろう。
「がっ、外国人」
「そう見えたか?」
問うレフに、百々はしばし空を睨みつけた。
「っていうか言葉も普通だったし、全然、違和感なかったとしか……」
ならレフは胸ポケットから端末を抜き出し、親指の腹で二度、三度、画面を弾いてみせる。乗せてワゴンは高速道路を目指すと、端末の画面を差し出したレフの背でETCのバーを跳ね上げた。
「それがコイツだ」
のぞき込んだ百々の眉もそこで跳ね上げる。
「うっそ」
「それ、むしろハートに似てませんか」
投げるストラヴィンスキーこそ言い得ていた。エラの張った四角い輪郭に浅黒い肌。天然パーマとぶ厚い唇に黒目がちの大きな瞳。どれをとっても俳優のお兄さんというより、よほどタンクトップ姿のハートにそっくりだ。
「ホセ・マグサイサイ。三十三歳。フィリピン国籍。二年前、裁判所の判決に基づき強制送還を食らっている」
「違う。いくら記憶が曖昧だって言われても、男の人だっていうこと以外、絶対違うって言い切れる。あのお兄さん、こんな顔じゃなかったよっ」
百々がまくし立てれば満足げと、レフは端末を胸ポケットへおさめなおしていた。
「ならどいつがこれを仕掛けたのか、確かめる」
前へと体を戻す。
「予告現場はビッグアンプルです」
入れ替わりで隣り合うストラヴィンスキーが教えていた。
「ええっ」
などと百々も驚くには、ワケがある。ビッグアンプルこそ、若人なら誰もが来年春のオープンに期待を寄せる、仮想現実を駆使したアトラクションが目白押しの完全屋内型テーマパークだったからだ。数カ月まえから広大な鉄道の引込み線エリアを潰して工事は進められており、百々も『20世紀CINEMA』へ通う電車の中から日々、進み具合を待ち遠しくも眺めていたのである。
「出来上がる前から爆破って……」
「現場にはもうハナさんとハートが到着していて、ぼくたちもそこへ合流します」
「でも、こんな時間に建設現場って、無人ですよね」
唖然とした後、確かめる百々の頬には不敵な笑みが浮かんでいる。
「犯人なんてすぐわかっちゃいますよ。フッフ」
「それが、そうもいかなくって」
が、三秒ももたずストラヴィンスキーに打ち砕かれていた。
「むしろこの状況だからこそ実行に踏み切ったのかもしれない」
「どういうことですか」
言うレフへ、眉間を詰める。
「本来ならこんな時間には動いていない現場だが、今日に限ってこの天候だ。急遽、作業員が駆りだされて保全作業を行っている。現場には今、百名近くの作業員がうろついているらしい」
「作業員にでも扮装して、映画館の時みたいに紛れていたら大変ですね」
笑うストラヴィンスキーは他人事だ。おかげでようやく、百々は自身が呼び出された意味を噛みしめていた。
「あ。はは、は……。が、がんばり、まぁっすっ」
その頭上を、目的地を記す看板は飛び去ってゆく。ならってワゴンも高速を降りると、鉄道の引込み線があったといわんばかり一切の生活感を欠いた風景の中へもぐり込んでいった。片側に延々伸びるフェンスは工事現場を囲うものらしい。沿って敷かれた真新しい車道をワゴンはなぞる。やがてフェンスの向こう側に、名前通りと薬液が閉じ込められたアンプルよろしく、首と思しき場所から上を細くした建設途中のビッグアンプルは頭をのぞかせた。まだ上へいくらか積み足す予定らしい。強風の中、天辺にクレーンの浅く明滅する赤いランプを灯している。
「まぁ言ったところで、わざとらしいほどついたままの指紋に、照合したところで出てきた別人の顔写真。この騒ぎ自体、ぼくたちを撹乱するためのものじゃないかってハナシもあるんですけれど」
目指すストラヴィンスキーがワゴンの速度を落としていた。工事現場の搬入口だ。パトランプを両端に掲げ、アコーディオン式のフェンスが開かれているのはやがて百々の目にも見えてくる。
「だとすれば真の狙いはどこにある」
「相変わらず何ら要求はありませんしね」
レフの口調は苦々しく、ストラヴィンスキーもこのときばかりは愛想に欠けて聞こえていた。百々もオープンを楽しみにしていればこそだ。
「どうしてこんなことばっか、するのか知らないけど……」
握りしめた拳で事態へ怒りをたぎらせてゆく。
「待ってなさいよ、怪盗ソーワットぉっ!」
「いえ百々さん、彼らは何も盗んでませんよー」
つっこむストラヴィンスキーと共にワゴンは、工事現場へ侵入していった。
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