第9話

「出たぞ!」

 同時に何かは放り投げられ、追いかけ誰もの視線は浮きあがった。断ち切り、男が受け止める。チャック付きの小さなビニール袋だ。そうして目の高さへとかざしてみせた。

「今後の面通しや雑踏の識別等、ご協力いただきたかったのですが、こちらの勘違いだったようです」

 ただ中で、百合草の視線だけはブレない。放つ言葉こそ冷ややかを極め、その冷たさで百々へ、その実これは「協力」などではなかったのだ、と勘付かせた。だとして状況は百々こそ断ることのできる立場ではなかったのか。利用価値がなくなった。事実が百々のプライドをやけに刺激する。気付かず喜びへいこら帰ると思われているのだと分かればなおさら微塵もいい気はしてこなかった。

「もちろん今後、身の周りの安全は我々が責任をもって対応させて……」

 そういえばこの要領の悪さが面接で、数々足を引っ張ってきたような気がしてならない。

「……いえ。あたし、ちゃんと見てます」

 「良いものは良い」なら「見たものは見た」のだ。百々は遮る。

「似ていました。けれど俳優さんと違うってことも、ちゃんと分かります」

 遮り言い切っていた。

「本当でしょうか?」

 苦もなく疑う百合草へ、あのお兄さんに会ったのはあたしの方だ、とさえ過らせる。

「絵に描くとそうなってしまいましたが自信はありますっ」

 袋はいつしか男の手から女性へ渡り、細身の男性へとリレーされていた。静観するタンクトップはドア前で仁王立ちを決め込み、背後でドアは再び押し開けられると向こうから、瓶底眼鏡をかけた顔をひょっこり、のぞかせる。

「わかりました」

 つまり誰もはそろい、吐いて百々はひとつ大きく息を吸い込んでいた。

「協力して、そのことを証明してみせますっ」

「ど、百々君っ」

 顔へ振り返ったのは水谷だ。

「うん、シフトのことなら気にしなくていいよ。田所君に頑張ってもらうから」

 そっちの話か。思えども巻き込んだ当人なら都合をつけて当然だろう。

 やがて袋は瓶底眼鏡の彼にも渡されていた。そこをゴールと瓶底眼鏡の彼から柿渋デスクの上へ置かれたなら、濃紺のスーツの袖口はすかさず引き寄せゆらり、百合草は立ち上がる。

「わかりました。なら機密上、部外者としてとは考えておりません。臨時職員としてご協力いただきます」

「ええっ」 

 と、声を上げたのはここでも水谷となる。

「百々君、すごいよ。あとでここの話……」

 耳打ちするものだから水谷の腹へ、ついに百々のヒジはねじ込まれていた。沈みゆく水谷が呻こうが知ったことではない。百々は放って今日一番の声を放つ。

「精一杯、協力させていただきますっ」

「本気か?」

 男が表情を変えたのはこれが初めてのことだろう。

「予定通りだ」

 百合草に迷いはなく、その手を男へと差し向けた。

「職員の紹介をする。レフ・アーベン」

 呼ばれて男が百々へと差し出した手は、仕方なさげがちょうどだ。

「日本語なら話せる」

「たすかります」

 握り返すうちに百合草は女性もまた紹介していた。

「[常盤華|トキワハナ]」

「よろしく。ハナ、って呼ばれてるわ」

 会釈に肩からこぼれ落ちる黒髪が麗しい。彼女とも握手を交わせば導かれるまま仁王立ちのタンクトップへと向きなおっていた。

「バジル・ハート」

「まさか自分から言い出すとはな」

「あんなことする輩をギャフンと言わせてやるんです」

 突き出されたごつい腕へぶらさがるような恰好で握手をすませる。

「隣が、[外田瓶助|ソトダヘイスケ]」

「あ、どうも」

 などと、うって変わって瓶底眼鏡の彼は腰が低い。

「ストラヴィンスキーとかって、呼ばれてませんでしたっけ」

「それ、ボクのあだ名です」

 成り行きがイマイチ理解できないまま握手を交わし、最後に細身の男性を紹介されていた。

「[乙部 了|オトベサトル]。彼は同じ職員でも空が専門だ。当セクションが所有するヘリの専属パイロットを務めてもらっている」

 繊細だろうその手にももれなく触れて、一巡し終える。

「では早速だが、我々が対峙しているテログループの数少ない遺留品に目を通してもらいたい。これまで爆発物の中に決まって仕込まれてきた物だ」

 そうして百々へもビニール袋は渡されていた。のぞきこめば中に入っているのはパチンコ玉によく似た玉だ。爆発の痕跡も生々しく、表面にはススが黒くこびりついていた。

「テロ行為と文言に加え、それはテロリストたちに一貫してみられる主張と認識している。表面をよく観察してもらいたい」

 促されて玉の表面をなぞり百々は目を泳がせる。やがてそこに故意と引っかきつけられた傷は目に留まっていた。留まって注視するほどに、傷は百々の中でゆっくり読み下せる文字の羅列へ姿を形を変えてゆく。

「SO……、WHAT……」

 百々の日常的非日常は始まっていた。

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