第6話

「今日、昼過ぎ、市内ハモ公園東門前で軽トラックが爆発しました。軽トラックは菓子の移動販売車で、運転手が車を離れていた間の出来事だったということです。負傷者はなく、爆発の原因は搭載していた菓子の製造機器に何らかのトラブルが生じたためではないかとみられており現在、警察が原因の特定を急いでいます」

 読み上げた女性キャスターのアップがスタジオ全体の映像へ差し替えられる。もう一度、寄ると、女性キャスターの右側に座る男性キャスターを映し出した。

「怖いですね。聞くところによると製造機器というのはあのポン菓子を作る機械だということですが、原因が分からない以上、他も爆発しないかどうか気になります」

 いや、そんな心配こそいらないだろう。だが女性キャスターは深刻な面持ちを崩さない。

「まったくです。早急の原因解明が望まれます。では次のニュースです」


 爆発物は百々の手から剥がれたものの、それで全てが終わったかといえばそうコトは単純でなかった。

 零細企業や個人商店の多い東門周辺で、仕事の手を休めてまで爆発現場へ野次馬が集まり始めたのは消防にパトカー、救急に機動隊の乗るグレーバスが続々集結し始めた十数分後。この際どちらが早くどちらが遅かったか、など言えない絶妙のタイミングだった。

 ゆえに警察は野次馬と先を争い規制線を引いている。機動隊員も木立とワンボックスカーを好奇の目から覆い隠すと、整ったところで現場検証は始められていた。

 一方、参加できるはずもない百々は、瓶底眼鏡の彼に機動隊員が降りた後のグレーバスへ誘導されると、いつの間に、という早さで撮られた野次馬の顔写真を見せられている。だが写っているのはスーツにネクタイ、制服姿の地味な勤め人ばかりだ。目立つあの外見こそ見つけることはできずにいた。経て協力することとなったのは似顔絵の作成で、出来上がったそれへうなずき返した空に舞うヘリを、ついたため息と共にしばし見上げている。

 呼び止めてバスへと姿を現したのは男だ。手のひらの治療と、ただならぬ事態の関係者としてまだ用がある、とを百々へ話した。

 つまるところ事情聴取、なのだろう。乗り捨てたはずのワインレッドのワゴンはいつの間にか回収されると、乗り込み百々は最寄りの警察病院を目指す。

 日はもうすっかり傾いていた。おかげで到着した病院も貸し切りそのものだ。悠々、治療を終えて待合へ出れば、長椅子に腰かけ待つ支配人、水谷と顔を合わせていた。

 どうやら水谷も男の言う「用」のために呼び出されたらしい。しきりに「百々君ごめんね」を繰り返すが、なぜ水谷がそうも謝り続けるのか、百々はどうにも腑に落ちなかった。ただ「用」さえすめば解放されるのだろう。思い、ワゴンへまたもや乗り込む。

 もう夜だ。

 街灯の下をワゴンは走った。

 たった三分で次なる場所へと到着する。

 それもそのはずとワゴンがブレーキを踏んだのは警察病院の敷地をぐるり回りこんだ裏手、職員専用の地下駐車場の奥に設えられた駐車スペース、「106」だった。

 今度はどこに包帯を、とそのとき百々はからかっている。なら至極真面目な面持ちで、男は「ここは病院であり、病院ではない」と話してみせただけだった。ままに車体後方へと回り込む。駐車場の壁面に据え付けられた蛇腹扉の傍ら、そおにはプラスチックのプレートが埋め込まれており、胸から抜き出したカードをあてがってみせた。読み取り動き出した蛇腹扉はひたすら怪しく、開いたそこにエレベーターは現われる。

 目にして百々が男を見上げたのは説明を求めたからだ。

 だが男は、乗れ、と指示しただけで、従い動き出したのは水谷の方が先だった。中から誘われ、おっかなびっくり百々も足を踏み入れている。

 もろとも動き出したエレベーターに、押し込むようなボタンは一つもついていなかった。つまり行き先は一か所のみ、と定められているようで、再び蛇腹扉が開いたその時、百々は確かに「病院だが病院ではない」光景を目の当たりとする。

 伸びる通路は正面に一本のみ。その左に部屋は、ガラスばりと仕切られ広がっていた。中には十人あまりの男女がカウンターのような長机に向かい、装着したインカムも体の一部と制服姿で働いている。前には黒板ほどもあるモニターが地図を展開、読み切れないほどの文字を流していた。

「なに、ここ……」

 一体ここは何なんだ。思えば見とれて置いて行かれそうになり、先行く二人を急ぎ追いかける。

「あ、待って」

 途中、現れた右手の岐路をのぞき込めば、そこにはドアばかりが並んでいた。やり過ごして突き当り、木造りがひときわ重厚なドアの前で先導していた男の足は止まる。通路はそこでL字に折れると先を左へ伸ばしていた。明かりが絞られずいぶん暗く、その奥はよく見通せない。

「チーフだ」

 告げて繰り出す男のノックは、慣れたものとひたすら軽い。

「入れ」

 間髪入れず返された声にこそ重みはあり、自然、百々は背筋を伸び上がらせていた。

 引き開け中へと男が入ってゆく。中央に置かれたモスグリーンの応接セットをかわして奥へ、大股と進んでいった。

「逃がしたと聞いている」

「言うな。まだそう決まったわけではない」

「ストラヴィンスキーの作成した似顔絵は?」

「まだ反応はない。それが決まったわけではない理由だ」

 返す声の主は、そんな男の背中に隠れて百々からの位置ではよく見えない。ただ前にしているだろう柿渋色したデスクの端だけがのぞいていた。

「失礼します。チーフ」

 と、部屋にはもう一枚、ドアがあったらしい。女性の声は投げ込まれ、やおら左側で赤いスーツはちらついた。

「地下鉄の監視カメラより、似顔絵の顔の自動検出を試みましたが現在、該当者は検出されておりません。開始した地下街の警らからまもなく四時間になります。すでに範囲からの逃亡を考慮し、捜索範囲の拡大が必要ではないかと報告します」

「分かった。自動検出は明朝、全路線の始発時刻まで。全国に指名手配をかけろ」

 赤い色は迷わず隣へと消える。

「どうやら決まったようだな」

 やりとりに男が肩をすくめていた。解くと開いて振り返る。その目をドアへ向けて示した。

「ちょうどいい。案内してきた」

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