第4話

 そのシートに包まれふう、と息をもらすのは人の生理だ。落ち着いたからこそ改め百々は、己が手の中をの確かめてみる。のぞき込んでなるほど、と思わされていた。

 まさに光陰、矢の如し。

 もののあはれ、とはこのことか。

 間違いなく灯る残り五分の表示にしみじみ、まぶたを閉じる。

「ちょ。ばふぅっ、だぁーっ。ばっ、爆発するってっ。コレ、ほ、本当ですか。本当にしちゃうんですかぁっ」

 できやしないなら意味不明の擬音をまき散らした。もうこのさいだ。

「わたし今日っ、死んじゃうんですかっ」

 見知らぬ男へすがって問う。ならしばしの間をおき薄い色の瞳は、睨みつけていたフロントガラスからチラリ、百々へと動いた。

「落ち着け。爆発物はこれが初めてじゃない。かつ、それが不発だった試しもだ」

「は、い?」

 いや、それこそ落ち着けない事実ではないですか。言葉を託す瞳へ見る間に涙はたまってゆき、だとして見て取った男の顔は迷惑げでしかなくなる。

「局面に対処するのは初めてじゃない、ということだッ」

 合図に、男はシフトレバーを入れ替えてみせた。立て続けサイドブレーキも引き上げたなら、もぎ取りそうなまでにハンドルもまた回しに回す。急カーブの極みにワゴンが後輪を放りだしていた。

「ひぎゃーっ」

 振り回して繰り出すのは、コンパスさながらのピンターンだ。

 百々の叫び声は車内に響き渡り、その視界をかすめてワンボックスカーは対向車線を駆け抜けた。かと思えばワンボックスカーもまた思い出したように急ブレーキを踏んでみせる。果たして上がった白煙はどちらのものか。狙いすましたようにワゴンはその真後ろに停止した。

「レーフッ」

 光景へ瞬き繰り出す間もなく、百々の前でワンボックスカーのバックドアは跳ね上げられる。叫び、姿を現したのはタンクトップ姿の黒人だ。

「だれっ。ど、どなた。知り合い?」

 もう何が起きても聞き流す心積もりこそ出来ていよう。

「爆発物解除のプロを呼んだ。乗り変える」

 返してワゴンを抜け出した男は、タンクトップの元へ駆け寄ってゆく。

「遺留品はどこだ」

「彼女が握らされている。取れない」

「なんだと」 

 そうして投げ合った会話が日本語だろうと、百々に疑問を抱ける余裕などない。挙句、タンクトップの投げるファッキュー並みの視線に縮みあがったなら、その体を男にワゴンから引きずり出されていた。あ、も、う、もないままワンボックスカーへ放り込まれる。

「出せッ」

「アイアイサー」

 閉められたバックドアがこもった音を立てていた。タンクトップの指示に小気味よい返事は返されアクセル全開、ワンボックスカーは走り始める。

「取り出せるか。もう四分ないハズだ」

 吊るされた工具が窓を塞ぐ車内はちにかく薄暗かった。座席がない。その揺れる車内で両手を突っ張り男はタンクトップへ確かめ、答えてタンクトップは百々の手を掴み上げる。

「その四分があれば問題ない」

 閉じた片目で中をのぞいたその後で、車体から引き出した天板の上へと百々のヒジをねじ込んだ。

「ハモ公園だ。ストラヴィンスキー、三分で着け」

 指示を繰り出し、目で動くな、と百々へ語る。

「そこなら爆発しても被害が小さくてすむからな……」

 などと聞えたくだりはもう、全力でなかったことにするしかないだろう。だが見えないフリなどできないのは、そうして足元の工具箱からタンクトップが取り出した小さなスポイトだ。ごつい体を丸めると、やおらテーブル上の百々の手へその先を近づけてくるではないか。

「わあっ。待った。待ったぁっ」

 ワンボックスカーはあっという間に『20世紀CINEMA』前まであと戻ると、次に現れた角を右折。片道三車線の国道へ抜け出している。

「なっ、何なんですかソレ。防護服つけたりヘルメットかぶったりしてないんですけどっ。液体窒素。窒素、使ったりしないんですかっ」

 わめく百々の片側でフロントガラス越し、奥へ向かって一直線に、合流した国道の信号機は青へ切り変わっていた。

「うるさい。テレビの見過ぎだ。だいたい用意している時間がない。そんな現場には報道も間に合わん。間に合わん現場をお前が知らんだけだ。心配するな。こいつは強アルカリ剤だ。接着面の皮膚を薄く溶かして箱を回収する。黙って見ていろ」

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