第3話

 容姿が目立つだけに記憶に残っている。ついさきほどシアターAへ送り出したところならなおさらだった。だからといって面と向かった百々こそ、不躾な顔は出来ない。

「どれが売れてるの?」

 知ってか知らずか、並ぶグッズを眺めてお兄さんが問いかける。

「はい。こちらのストラップが人気です」

 返せば、へえ、とだけお兄さんは呟いてみせた。様子は購入の意志を曖昧にさせ、つまり冷やかしというわけなのか、ショーケースへ手を張り付けてまで中を覗き込むと吟味してみせる。

「映画、楽しい?」

 投げかけた。

「あか、ウサですか?」

 唐突さに百々の口調も詰まり気味となる。

「映画」

 頑なと返され少なからずドキリ、としたなら、お兄さんはこう続けてみせていた。

「実はね」

 つまり言葉が意味するのは、これまでのやり取りは無意味だ、ということだ。そのとおりとお兄さんも、何をや探ってやおらパンツのポケットへ手を潜り込ませていた。

「受け取ってほしいものがあるんだ」

 抜き出し百々へと拳を突き付ける。

「ホラ、手、出して」

 前にして状況を飲み込めない百々が躊躇していれば、誘って優しく笑いかけた。それこそ百々を戸惑わせたなら、お兄さんのもう片方の手は百々へと伸びる。百々の腕を掴んで引き寄せるが早いか、突き出したままの拳へ上から押し付けた。すかさずもう片方も引っ掴むと、今度は下からあてがい中から己の拳だけを引き抜く。そうして改め両手で百々の手を包みこんだ。そうして送る熱い眼差しはしっかり持っていろが相当か。思いを込めて上下に振る。

 一部始終に大柄な男性と黒髪の女性が振り返っていた。水谷こそこの場の責任者だ。カウンターを抜け出すと、急ぎ足で駆け寄ってくる。

「お客さ……」

 呼びかけたその時だった。

「動くなッ」

 遮り声は投げ込まれる。

「両手を頭にっ。そのままゆっくりこちらを向きなさいっ」

 追いかけさらに別の声も響き渡ったなら、聞えてきた方へと誰もが視線を投げていた。シアターA前にいた大柄な男性と黒髪の女性だ。その目は間違いなくショーケースとらえ、立っている。

 とたん百々の前でお兄さんの体は低く沈み込んだ。動きに男女の手が腰へ、懐へ伸びる。拳銃、はお兄さんへと突きつけられた。

 だからこそ駆け出したお兄さんの動きに無駄はない。

 追いかけ体ごと男も銃口を流してゆく。

 任せた女性が傍らから、百々の元へと駆け出していた。

「あなた!」

 そんな女性へ声を上げたのは水谷だ。

「ええ、そうです」

 などと会話は成立しているが、百々について行けるハナシこそない。

「なっ、誰。何のことですか」

 ただ開け放たれた正面扉のけたたましい音を聞く。気を取られたところをショーケースの向こうから、女性に引っ張り出されていた。

「うわ」

「見せて」

 けたたましい音と共にお兄さんはもう外だ。

「逃げた」

 投げ捨てるように銃口を下げた男もショーケースへやってくる。

「コレよ」

 そんな男へと、女性は百々の手を預けた。

「わ、ちょ」

 とたん百々が爪先立ちになったのは、男の背の高さのせいにほかならない。知った事かと背にして女性は、矢継ぎ早とつまんだ襟へこうまくし立てていた。

「こちら20世紀CINEMA。不審者と接触。今、外へ出た。見えてる?」

「ふシュ、ふしんしゃ?」

 百々のオウム返しもどもってもつれる。

「何を渡された」

 上から男に浴びせられていた。

「え、その。ナニ、って言われても……」

 落ち着いた声は百々を我に返らせ、百々は男へ顔を上げてゆく。

 合ったその目に息をのんでいた。鈍色の空。そんな言葉がしっくりくる色だ。見下ろす瞳は外国のそれと、透けた色で百々を見ていた。

「のっ、のーさんきゅー。ぷりーず」

 とたん吹き出す島国コンプレックスは、絶滅したようなステレオタイプが永久保存版か。

「えぶりでい、はうあーゆー」

「日本語は話せる」

「ここ、任せるわよ」

 いやむしろ話しているから女性も投げて駆け出してゆく。

「いいから何を渡されたのか見せろッ」

 怒号に伸び上がったところで自業自得だ。

「ふぁいいっ」

 とにもかくにも、まだ見てもいないソレを確かめ百々は上下合わさる手を開きにかかった。

「ん?」

 はずが、ピクリとも動かない。

「やっ、ふっ」

 何か、いや、どこかがおかしかった。

「とっ、むむっ」

 おかげで格闘すれば気合も入る。

「どぉぅやぁぁ、ああぁっ」

 果てに息を切らせておずおずと、百々は男へ顔を上げた。

「あの、離れません。えへ」

 笑顔も添えて。

 瞬間、男の手が百々の手を掴み上げる。伸び上がった百々が爪先立ちになろうと、かまわず絡む指の隙間から中をのぞいた。放ってジャケットの襟を引っ掴む。口元へ引き寄たならこう言った。

「爆発物と思しき遺留品を確認」

 そのとき時は確かに止まっている。

「ば、くは、……つっ?」

 水谷に橋田の顔も大いに引きつったきりだ。

 目にして百々こそ、引き戻した手の中を食らいつかんばかりにのぞき込む。なるほど。そこには黒く小さな箱があった。表面にランプは赤く灯されると一秒ごとにカウントダウン、律儀に時を刻み続けている。

「残り七分二十秒。今すぐ応援、頼む」

 間違いない。

「こんなの……」

 古式ゆかしき時限爆弾を、百々は両手に握り絞めていた。

「こんなのいただけませんっ、いただけませんっ、いただけませぇんぅっ」

 などと極まったのは謙虚かノーサンキューか。連呼したところでなんら役に立つはずもなく、男も脇へ銃を差し戻す。落とした腰で力任せだ。むんずと掴んだ百々の手を剥がしにかかった。

「いだ。いだだだだだ。くっついてるよっ。くっついてるってばっ」

 この感覚は黄色い容器のあの瞬間接着剤、一択としか思えない。

「クソッ」

 早々に無駄と男も立ち上がる。百々の手を掴みなおした。

「来いッ」

 などと駆け出したところで歩幅など合うどうりがない。 

「ぎゃあ」

 引きずられ、正面扉を開け放つ男もろとも百々は表通りへと踊り出す。左右からのクラクションにはむしろ同情の念しかわかない。滝と浴びせられ、ただ中で尻ポケットからキーを抜き出した男がその握り手を押し込んでいるのを見た。ならば前方、路肩に停められていたワインレッドのワゴンでドアのロックが解かれる音する。

「乗れッ」

 ままに体当たったワゴンのボディーを男は回り込んでゆく。そのさい出された指示が一方的だろうとも、選択の余地などありはしない。男は運転席へと潜り込み、おっつけエンジンのかけられたワゴンも小刻みと揺れ始める。残されてはたまらないと助手席へ、もんどりうつと百は転がり込んでいた。見て取り回されたハンドルに、車体が路肩から抜け出してゆく。ワゴンは通りを見る間に加速していった。

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