第11話

 タスクはアーランとコトリンのいる宿まで歩いていたが、そんな彼を呼び止める声があった。


「……で、なんで私と一緒に歩いてんの?」

 声にははっきりと棘があり、歓迎されていないことが伝わる。彼女はタスクが友人のように一緒に歩いているのが気に入らないからだ。


「俺の行き先もこっちだからな。ほらあそこだ」


 タスクの指指した先には二階建ての建物があった。


「……あんた、あそこに住んでんの?」

「二階建ての小さい建物だけどな、一階は雑貨屋と食堂だから便利なんだよ」

「……そーね」


 声から棘が消え、代わりにうんざりとでも言いたげな感情が漏れる。


「ここに何かあるのか?」

「……あるわね。私が泊まることにしていた宿もここなのよ」


 リスプは宿の扉を開けて屋内を見回すと、それに気づいたコトリンが近づいてきた。


「いらっしゃ……」

「ちょっとこっち来て」

「え? え?」


 リスプはやって来たコトリンの腕を掴むと、戸惑うコトリンを気にとめず、人のいない隅っこに移動する。


「リ、リスプさん……」

「さん付けはやめてって言ったわよね」

「でも……」

「いいじゃない。私はただの冒険者であんたの友達。そうよね?」

「……そ、そうですね」

「じゃあ私の名前を呼んでみて」

「リスプ……」

「そうよ。やればできるじゃない」

「もー……」


 タスクがそんな二人の様子をみながら宿に入り、席に着くと厨房にいるアーランが手を振った。


「今日のやつはもう終わりか? いつもより早いじゃねーか。で、ありゃは何だ? お前の知り合いかあ?」


 アーランは食堂の隅にいるコトリンとリスプに目を向ける。

 食堂と言っても席が全部で十五席ほどのため、二人はそこまで離れていない部屋の隅でひそひそと話している。


「俺が知りたいよ。最近この町に来たらしいけど、何か知ってるか?」

「来たばかりってわけか……コトリンが昔王都で働いてたのは知ってるよな? そのとき知り合ったやつが今日来る予定なんだわ。リスプとかいう名前だったな」

「あの子も自分のことをリスプだって言ってた」

「じゃああれがお客様ってわけか」


 話がついたらしく、リスプとコトリンが一緒に二階への階段を上るのが見えた。



 リスプはコトリンの案内で二階の部屋に案内される。


「この部屋です。家具は一通り揃ってますよ」

「みたいね」


 視線を巡らせるとベッドに机やクローゼットなど、一人で住むには十分な家具が目に映り、部屋の広さも一人用としては悪くないように見えた。


「何かあったら言って下さいね。あ、でもお城と同じものは用意できませんよ」

「城と比べたりなんかしないわよ。あんたこれから時間ある?」

「ありますけど……やっぱり帰ることにしたとか……」

「まさか」

「えー」

「嫌そうね」

「だって……もしバレたらなんて言われるか。それに王様だって心配してますよ」

「私に脅されたって言えばいいのよ。大体王女様が城から抜け出して冒険者やってるなんて信じると思う? 絶対馬鹿にされるわ」

「……普通はあり得ませんね」

「でしょ、母親の実家には話してるから、そっち経由で城にも話してるわよ。どうせ騒ぎになるのが嫌で秘密にしてるでしょうけど」

「自信たっぷりですね」

「私がこの町に来るまでだって、追っ手を出すくらいできたはずよ。けどそれをしなかった。少なくとも無理矢理連れ戻す気はないみたいね。今頃私をどうするか考え中じゃないかしら? 放っといてくれればいいのに」

「立場を考えて下さいよ」

「知らなーい。今の私はただの冒険者ですー」

「もう……」

「ほら、あんたは座りなさいよ。時間あるのよね? お菓子と飲み物くらい私が用意するわ」

「はい……座ります」

「じゃ、待ってて。下の階で買ってくるわ」


 コトリンをベッドに座らせてから一階へ降りると、相変わらずアーランは厨房にいた。食堂に客は数人いたが、混んでいるようには見えない。


「ちょっといい?」

「リスプちゃんだっけ? コトリンが何かしでかしたか?」

「そんなんじゃないわ。注文できる? お菓子とホットミルク、砂糖たっぷりのやつね。後あの子が好きな飲み物も」

「毎度」


 注文した後に周囲を見ると、すでにタスクの姿はなくなっていた。


「あいつはいないのね」

「タスクのやつか? あいつなら報酬もらいにギルドへ行ったぜ。妹も一緒にいるのか?」

「私の部屋にいるわ。聞きたいことがあるの」

「遺跡のことでも聞くのか?」

「そんなところね」

「なら、混んだら呼ぶって伝えといてくれ。注文はこれでいいか?」


 アーランの手には木製のトレーがあり、その上には暖かい湯煙が上る二つのコップと、甘い匂いがする焼き菓子が置かれていた。


「ええ。トレーごと持って行っていい?」

「ちゃんと返してくれりゃな。妹に持たせてやっていいぞ」


 リスプはメニューにあった料金を払い、トレーを受け取ってから部屋に戻ると、ベッドに座ったままのコトリンと目が合った。


「リスプ……」

「様なんてつけないわよね」

「は、はい。つけませんつけません。どうしたんですかリスプ?」

「一階にいたのあんたの兄貴よね? あの人からこれ買ってきたわ」


 リスプはトレーをコトリンに見せるように腕を上げ、それからコップと焼き菓子をテーブルに置いた。


「……そうなんですか」

「その一言言いたいけど言っていいのか分からないって顔は何? ちゃんとお金は払ったし、あんたに払えなんて言わないわよ」

「まさかこんな風におごってもらうなんて思ってなくて……緊張してます」

「しなくていいわよ。私はただの冒険者、いいわね?」

「もー……」

「ほら、焼き菓子でも食べなさい。飲み物もちゃんとあるわよ」

「……の、飲みます。いただきます」

「これ紅茶よね?」

「はい、私これが好きなんです。高級品ってわけじゃないんですけど、この味が好きなんです」

 

 コトリンは紅茶に口をつけ、幸せそうな表情をしている。そこにクリスプは興味を持った。


「……ちょっと飲んでみてもいい?」

「ダメです。リスプにはホットミルクがあるじゃないですか」

「一口くらいいいじゃない。これも一口あげるわよ」


 そう言いながらリスプは自分のコップをコトリンに見せるが、彼女の意思は変わらなかった。


「ミルクって苦手なんです。お腹壊しちゃうんですよ」


 断られたがリスプは本当に飲みたかったわけではない。コトリンが落ち着いた上で、いつも通りに話せる環境を整えたかっただけだ。焼き菓子と飲み物を用意したのもその下準備でしかない。

 コトリンはすっかり落ち着いたようで、焼き菓子を笑顔で食べている。今ならしっかりと話を聞き出せると考え、本題を切り出した。


「あの不死なるタスクについて聞いておきたいことがあるの。あいつこの宿にどのくらいいるの?」

「えー、そういうのはちょっと……」

「何よ、話せないの?」

「他のお客さんについてのことはちょっと……」

「ねえ、コトリン」

「……な、何ですかその顔は?」

「どうしても教えられないの?」

「……怖い顔してもダメです」

「城でメイドとして働いてた頃を覚えてるわね?」


 二人が知り合ったのは一年と数ヶ月前のことで、当時リスプの部屋を掃除するメイドの一人として、フォートレスから働きに来ていたのがコトリンだった。

 王都は期間を限定して定期的に城で働く人間を募集している。国民に仕事を与えるという名目ではあるが、マナーや礼儀について働きながら学べ、王都に住めることもあって地方の人間には人気があった。


 コトリンもその一人で最初は城の食堂で働いていたが、数ヶ月後には王女の部屋に配属されることになる。

 王族や貴族に親しい友人がいないリスプに対し、王である彼女の父が同年代の話し相手になれるよう取りはからったからだ。

 リスプとしても王族でも貴族でもない同年代の子が、自分の部屋のメイドになることに不満はなかった。


「えーと……覚えてますけど……」


 コトリンはメイドとして働く時間の大半を、王女の部屋付きのメイドとして過ごしたのだから、覚えていないはずがない。それを承知でリスプは話を進めた。


「私の部屋に水晶の置物があったわね。花の形をしていて、メイドの給金じゃ買う気にもならない高級品。あれ世界に一つしかない特注品だけど、製作者は死んでるから同じものは存在しないわ」

「ま、またその話ですか……、あのときはかばってくれたじゃないですか……」

「あのときはね。あんたのせいだって分かったら、他の人に変えられちゃうでしょ? 私そんなの嫌だったもん。それにすごく高いし、母親が結婚するときに実家から持ってきたものだから、あんたに罰とかあると思ったの。それにあんたが盗もうとしたんじゃないかって疑われる可能性もあったわ」

「……ひどい濡れ衣です」

「そんなのは私が一番知ってるわ。でも他の人がどう思うかは別よ」


 コトリンは以前、城のリスプの部屋にある置物を床に落とし、割ってしまったことがある。

 それを見ていたリスプは、自分が落としたせいだと周囲に伝え、コトリンが処罰されないようかばったことがあった。

 そうしたことに深い理由はない。青ざめて泣きそうな顔のコトリンが可哀想だったからだが、いなくなったら嫌だという気持ちもあった。 

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