第10話

「それじゃあリスプは、ガーディアンについてはどこまで知ってる?」

「古代人の文明が生み出した遺産の一つ、元々は人の命令で動くものだったって話ね。でも今は好き勝手に動いているわ。命令を出していた人間はもういないし、私たちは命令の方法を誰も知らない。主に遺跡の周辺にいて近づいた人間を襲うけど、すべてのガーディアンがそうするわけじゃないし、まれに遺跡から離れた場所に現れて暴れ回るやつもいるわ。どう?」

「十分だ。ガーディアンの倒し方は?」

「胸にある六角形の宝石みたいな赤いやつ、確かコアって呼ぶのよね? それに思いっきり衝撃を与えればいいわ」

「正解、頼もしいな」

「どーも、不死なるタスクに褒められて嬉しいわ」

「魔石は持ってるか? 俺はこの光る銛みたいなのでブスっと刺せる」


 タスクが光銛を見せるように左腕を動かすと、リスプは両腕につけた二つの腕輪を見せた。


「これよ。腕輪の形をした魔石で、光を噴射して当てた相手を吹っ飛ばせるし、自分の身体を浮かせられる。でもガーディアンに撃ったことはないわね」

「空を飛べるのか?」

「鳥みたいに飛ぶことはできないけど、真似事なら出来るわ」

「じゃあ、ガーディアンに通用するか試したくないか?」

「やらせてくれるの?」

「どうぞ。俺も近くにいる。必要ならすぐに手を貸すよ」

「……あんたって本当にお人好しね」

「冒険者の遺体と遺品を発見した場合、ギルドに所属する人間は可能な限り持ち帰らなければならない。規約にそう書いてあるしな」

「私が死んだら面倒だってことは分かったわ」


 リスプは話をしながら、右手をガーディアンとは真逆の方向に突き出すと、彼女の腕に沿うように光るリングが現れる。

「見てなさい。先手必勝よ」


 リスプの右手の周囲にリングが浮かぶと強い力が噴射され、彼女の体はガーディアンのいる方向へ吹っ飛ぶ。

 タスクが驚くまもなく、リスプは両足の裏で、ガーディアンのコアを豪快に蹴り飛ばした。

 ガーディアンの真っ赤なコアに亀裂が入り、有効打であることを証明する。それでもガーディアンは着地したリスプを叩きつぶすように腕を振り下ろす。

 リスプは左腕の魔石から力を噴射し、身体の位置を変えることででかわし、反撃のために右手をコアに向けた。


「吹っ飛べ!」


 もう一度コアへ噴射をぶつけると相手は大きくたじろぎ、片膝を地面につき動かなくなった。


「どう?」

「俺が思ってるより頼りになった」

「でしょ~」


 得意げな顔で感想を聞いてきたリスプに対し、タスクは彼女が満足するであろう返事をしながら、動かなくなったガーディアンに近づく。


「何してんの?」

「コアが砕けてしまえばただの石の塊だ。でもこいつのコアはまだ砕けていないだろ。念のためってやつだよ」

「そういうものなの? ガーディアンってコアにヒビが入ったら有効打だって書いてたわよ」

「大半はな。最近は少しなら動けるやつも出てきた」

「へぇ。本の知識って鵜呑みにするもんじゃないわね」


 リスプがガーディアンから離れつつ質問したので、それに答えるためタスクが目を離した瞬間に、ガーディアンは右腕をタスクめがけて大きく横に殴るように振った。



 リスプはガーディアンと対面したのは初めてなので、タスクの意見に素直に従いガーディアンから距離を取ることにし安全だった。

 そのタスクはガーディアンの近くにいたので、攻撃に対し上半身をかがめて避けようとしたが、間に合わず頭が吹き飛ばされてしまう。


「タスク!」


 リスプは知り合ったばかりの冒険者の名前を呼ぶことしかできなかった。

 彼女の目の前でタスクの頭が首から離れていくが、それ以上に衝撃的な出来事が起こる。

 タスクは吹っ飛んだ自分の頭を右手で掴み、左手を標的に向けると光銛はガーディアンへ向けて飛んだ。

 掴んだ自分の頭を元々あった場所に戻り、光銛がガーディアンのコアに刺さる。二つの出来事は同じタイミングで起こった。

 銛を抜く瞬間コアの破片も一緒に抜け、亀裂の大きさが増える。その影響かガーディアンの動きが止まり、人の手を離れた人形のように倒れ、その側に光銛が引き抜いたコアの欠片も落ちた。


「驚いたな。まだあんなに動けたのか」


 タスクは頭が戻ると、感情が含まれない言葉を淡々と口にする。いつものことであるかのように冷静だ。


「平気か? ケガはしてないな?」

「そりゃ、してないけど……」

「ならしばらく様子を見て、それから帰ろう。このガーディアンは少しおかしい。ヒビが入っても動けるガーディアンはこの辺りじゃ珍しくないが、弱った動物みたいなもんだ。手負いの獣は何とかって話は聞いたことはあるが、あんな風に動けるやつは初めてだ」

「あんた……」

「こいつはまるで死んだふりでもしていたみたいに動いていた。側にいたのがリスプなら死んでいたかもしれない。ギルドにも報告する必要もあるな」

「そうじゃない! あんた何で生きてんの! 頭が首から飛んでったわ! 何で手で掴んで戻せるのよ! 人間なら死んでおくべきじゃないの!」

「落ち着けって説明するから」

「落ち着けないでしょ! 常識的に!」

「魔石の力だよ」

「嘘よ! 傷口を塞いだりケガの治りを早める魔石はあるわ! でも切断した部位を戻せる魔石なんて見たことも聞いたこともない!」

「詳しいんだな。ひょっとして王都にいたのか?」

「……何でそう思うのよ」

「この国で一番資料が揃ってるとこっていえばあそこだからな」

「……私のことはどうだっていいでしょ。あんたが不死身だって言っても、首から離れた頭をくっつけて元通りにするなんて、例え話でも信じられないわよ」

「この世の中、不思議なことは起こるもんだぞ」

「本人に言われたくないわね」

「人が簡単に死ぬのは嫌だろ」

「そういう話でもないわ」


 話をしながらも、リスプの視線はタスクの左手に集中したままだ。


「この魔石に興味があるか?」

 

タスクの左腕についていた籠手は姿を変え、銀色の腕輪へと変わった。


「見せつけるようにして。もしかして私にくれるの?」

「まさか」


 タスクはリスプとの会話を切り上げて歩き始めた。


「どこ行く気よ」

「町に戻るんだよ」

「私の話は……」

「宿で聞く。それでいいだろ?」


 リスプは黙ったままだがタスクを追うように歩くので、彼は何も言わずアーランとコトリンの宿へ向かった。



 リスプは不機嫌なままタスクの後をついていく。

 城を抜け出した彼女は、母方の実家に魔石を探すと伝え、リスプと名前を偽ってフォートレスに冒険者としてやって来た。

 調査や発掘で一定の成果を上げ、王族としては見下されても、ただの王族ではない人間になりたいというのが彼女の目的だ。

 リスプ自身自分の髪の色が王族らしくないことも、母親が成り上がり商人の娘であることも、色眼鏡で見られる原因であることは分かっているが、それは変えられるものではないことを知っている。

 ならただ王族として生きるのではなく、違う道を歩みたい。ずっとそんな風に考えていた。


 その一歩として町に来て早々、ガーディアンが現れたとギルドから告知があり、さっそく一暴れしてみようと決めたのは今朝のことだ。

 冒険者としてすぐにうまくいくとは自分でも思っていないし、色んな失敗もするかもしれない。

 それでもこの町に来た以上、宝石や腕輪の形に加工された古代の魔石を見つけるくらいの成果を出す必要がある。

 そう思っての第一歩は、自分の前を歩くタスクという男によって狂わされ、ガーディアンがどうこう言う場合ではなくなった。

 タスクの魔石はどういう代物でどこで手に入れたのか、それが今の彼女の心を占めていた。


「そろそろ町に着くぞ」

「そーね」


 前を見たまま言った言葉に気のない返事をするが、相手も気にする様子はない。


「あんた、自分が不死身なのはその魔石のおかげみたいに言ってたわね。それどこで手に入れたの?」

「もらった。人助けのお礼にな」

「首から離れた頭を元に戻せる。そんな曲芸でも出来ないことをやれる魔石を? タダで?」

「取引みたいなのはあったな」

「面白そうな話ね」

「その人は自力で歩き回ることが出来ない人で、自分の代わりに遺跡を調べるならこれを譲るって言ってくれた」

「その遺跡ってこの町のやつ? 冒険者だったの? じゃあ、ギルドに所属していたはずよね?」

「いいや、していない。自分の魔石を人に知られたくなかったらしい」

「……まあ、売ってお金にするつもりがないなら、知られたくはないわよね」


 ギルドに所属しないという言葉にリスプは引っかかった。

 冒険者にとってギルドに登録するのは当然のことだ。ギルドに所属していれば仲間も集めやすく、行商人の護衛や町の衛兵といった仕事の斡旋もある。

 何か隠したいことでもない限りギルドに登録することに不都合はない。

 それどころか所属していないことを理由に、他の冒険者から距離を取られることもある。それは協力者を得ることができず、一人で調べなければならないということだ。

 何を探そうとしたのかは知らないが、あまりにも効率が悪すぎる。そもそも魔石を手に入れる前に仲間はいなかったのかという疑問も沸く。


「その人はある魔石を探すことが目的だったが、見つけることができなかった」

「冒険者として有名になることも、魔石を見つけて大金を手に入れることにも興味なくて、ある魔石を探すことだけが目的だったってこと?」

「そうなるな」

「どんな魔石か興味あるわね。形や能力は? 分からなきゃ探しようがないわよね?」

「これが教えてくれるって」


 タスクは腕輪をリスプの目線と同じ場所に移動させる。


「そもそもその人はどこでその魔石を手に入れたの?」

「さあ、それは俺も知らない」

「何でよ」

「話してくれなかった」

「……じゃあ、名前は?」

「知らない」

「変な話ね」


 つまり目の前のタスクという男は、不死なるタスクと呼ばれるほどの力を持った魔石を、名前も知らない人間から譲り受けたという話だ。

 簡単にまとめると、事実とは思えない。


「信じてないないだろ」


 いつのまにかタスクが足を止めリスプの顔を見ていた。特に驚いたりショックを受けているようには見えず、穏やかな顔を浮かべている。


「……人前でああなったことないの? よく化け物扱いされなかったわね」


 考えをそのまま指摘されたため、肯定すると負けた気がしたので、話をそらすことにした。


「うーん、自分なりに気をつけてはいたからなー。血が出ただけなら誤魔化せるし、今回みたいに頭が取れたのは初めてだ。で、これからどうする?」

「いきなり話が変わるわね」

「だってほら、町に着いた」

 

 タスクがフォートレスの町並みを指差した。

「……あんたはどうするの」

「宿に帰ることにする」


 リスプは話を聞きながらも、自分がこれからどうするかを決めた。


「私も宿に行くことにするわ」


 タスクの魔石について情報を集め、落ち着ける場所で考えをまとめることだ。

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