第9話

 王都から五日ほど馬車に乗ればフォートレスという町に着く。この町の主な産業は商業だが、魔石の加工や古代の魔石の発掘でも一定の知名度がある。

 フォートレス近辺の遺跡は魔石の大半が掘り尽くされ、大したものは残っていないと言われているが、遺跡へ向かう冒険者がいなくなったわけではない。

 

宿のベッドで目を覚ましたばかりのタスクという青年もその一人だ。

 彼には目が覚めたら両手を耳に当てるという習慣があり、今日もいつものようにそれを行っていると、木製の床を走る足音が聞こえてくる。

 足音が止むと部屋の扉をノックする音が聞こえ、それから彼の名前を呼ぶ声がした。


「おはようございまーす。タスクさん起きてるー?」

「おはよう、コトリン。鍵なら開いてるぞ」

「失礼しまーす」


 タスクが左耳に当てた左手を外しながら返事をすると、ゆっくりと開いたドアから、緑色の髪と瞳をした少女が現れた。

 彼女は黒いワンピースの上に、宿の人間であることを証明する白いエプロンをつけ、頭にも白いカチューシャをつけている。

 コトリンと呼ばれた少女は、天真爛漫な表情で、肩甲骨まで伸びた三つ編みを揺らしながら、上半身だけ起こしたタスクの側に駆け寄った。


「今日はどうしたんだ? まさかまた朝食を皿ごと駄目にしたなんて言わないよな」

「もー、タスクさん失礼だなー。私だって同じミスを何回もするほどドジじゃないよ」

「そうだったっけか? この前も……」

「私のことはいいの。ガーディアンガーディアン、新しいガーディアンが発見されたんだって。タスクさんもガーディアンは知ってるよね。遺跡の周りに出てくるってアレ、怖いよねー。そのガーディアンの新しいのが今朝出たって連絡があったよ」

「そりゃ大変だ。どんなやつだ?」

「おっきくて石でできた巨人だよ。ギルドからも依頼は出てると思う。タスクさんの出番だね。頼りにしてるよ。この前みたいにやっつけちゃってねー」


 タスクから返事はない。


「……タスクさん?」

「ちゃんと聞いてる。新しいガーディアンが出て、ギルドに依頼が来ているのかもしれないんだろ?」

「いえいえ、タスクさん信じてるからそのことじゃなくて、ずっと右手を右の耳に当ててるのが気になって。それ、何かのおまじない?」

「そんなもん」

「へー、どんな効果があるの?」

「手を耳にぴったり当てると、音が聞こえるだろ?」


 タスクを真似るようにコトリンも右手を右耳に当てる。


「うん。確かに聞こえるなー。水がすごい勢いで流れてるような感じがする」

「体内の血液が動いている音らしい。これ聞いてると安心するんだよ。自分が生きてるって感じがして。大げさ過ぎるか?」

「ん~……タスクさんがそう思うなら私はアリだと思うよ」


 タスクの住む宿はシンプルな木造二階建てだ。

 一階が食堂と雑貨屋で、二階に宿泊用の部屋が用意されている。主に冒険者が利用する宿で、タスクはその二階に住んでいた。


「こっちだよー。朝ご飯は出来てるからねー」


 黒のハイネックに緑のズボン、それに冒険者用の頑丈な茶色いブーツを履いたタスクは、コトリンに連れられて階段を降り、食堂へと向かう。

 するとそこにはコトリンと同じ色の髪と瞳の、白いエプロンをかけた目つきの悪い男性が厨房にいた。


「おせーぞコトリン。何を遊でんだ」

「大事な常連さんと話をしていただけですー。兄さんがせっかちなだーけ。タスクさんもそう思うよね?」

「アーランはそういうとこあるよな」

「だよねー」

「お前いっつもコトリンの味方してんな。ほら飯だ、早く食え」


 カウンター越しに厨房から皿が三つ、パンと肉と野菜のシンプルなものだ。それがカウンター席に座ったタスクに渡される。


「食いながらでいいから聞けよ。ギルドからお前当てに依頼があった」

「ガーディアンか出たって話か?」

「コトリンからとっくに聞いてんのか。今朝出てたやつをお前に倒してほしいっつーのが内容だ。今のところ遺跡の側に突っ立ってるだけで、特に被害はねえけどな」

「大きさは?」

「大の男二人分の巨人だ。いつもと変わんねえよ。やるよな?」

「もちろん」


 そう答えたタスクの真っ黒な瞳は、遺跡のある方向を向いている。その目は二人に見せていた穏やかなものではなかった。


「タスクさん、私に何か用?」

「……いや、遺跡のある方を見ただけ」

「なるほど。すでに戦いは始まっていると」

「んなわけあるか」

「いやいや、兄さんは分かってないね。タスクさんはガーディアン退治をギルドから任されるほどの凄腕だよ。きっと頭の中でどう倒すか計画を立ててるんだよ」


 視線の先にたまたまコトリンがいただけとは言えず、タスクは苦笑するしかなかった。



 朝食を食べ終えたタスクが遺跡に向かうと、標的のガーディアンは簡単に見つけることができた。


「あれか」


 遺跡を守る番犬のようにガーディアンが立っているのが見える。

 遺跡とはかつて栄えていたと言われる古代人の遺物で、古代人は現在に比べはるかに優れた技術を持つと伝えられていた。

 現在でも魔石は道具として普及しているが、古代の魔石は現代のものとは比較にならないほど大きな力を持っていると言われ、遺跡から発掘された魔石はそれを証明している。

 

 古代人が強大な力をどうやって魔石に込めたのか?

 その疑問を解明しようと躍起になる人間は少なくないが、そんな人間はガーディアンの妨害を必ず受けることになる。遺跡の周辺には必ずガーディンが存在するからだ。

 そのため冒険者の中には、危険を承知でガーディアン退治を請け負う人間が一定数存在する。タスクもその一人だ。


「今日も頼む」


 タスクが左腕の篭手に呟くと、光る矢のようなものが姿を現す。ダートを貫いた光る銛だ。


「待ちなさい」


 ガーディアンが見える小さな丘に姿を隠しながら、今日もいつものように仕留めようとしていると、後ろから声をかけられ、後ろを振り向くと、十代半ばと思われる少女が立っていた。

 橙色の瞳と髪をしていて、髪はポニーテールでまとめ、両腕には銀色の腕輪をはめている。魔石だろうとタスクは推測した。

 衝撃を吸収する宝石型の魔石を、フードに編み込んだ上着と、腰から太ももが露わになったショートパンツを履いている。

 服のデザインにはタスクにも見覚えがあり、女性の冒険者向けにデザインされたものだ。


「あんたの同類よ。あのガーディアンは私が倒すって言ったら、譲ってくれるかしら?」

「……あんたが?」

「ええ、私だって魔石は持ってるわ。よそ者の好きにはさせないって言いたいの?」

「そうじゃない。実力を知らない相手に任せられないだけだ。冒険者ならガーディアンがどんなものか知ってるだろ」

「モンスターや盗賊を相手にするのとは全然違うって言いたいんでしょ。それくらい知ってるわ」

「じゃあ、ガーディアンと戦ったことは?」


 少女の返事はなく、目を逸らしたのが答えだった。


「ないんだな」

「そんなの、これから戦えばいいだけじゃない」

「そういう考え方もあるな。けど俺はそんな人に任せる気にはなれない。いっそのこと二人でやらないか?」

「私が? あんたと?」

「ああ。どうだ?」

「報酬の割合は?」

「半分」

「……あんた、知らない人間によくそんなこと言えるわね。普通信用しないわよ」

「そっちがよければ取り分はもっと多くしたい。この町のギルドに所属したんだろ? なら俺のことは知っているはずだ」


 タスクは少女の上着に縫われた、小さい盾の形をした金属のアクセサリーを指差す。


「それは冒険者ギルドに所属している証だろ。裏には記号が刻まれていて、死んでもどこの誰か証明する道具にもなる」

「……あんたのことは知ってるわ。他の冒険者の手助けが好きなお人よしで、ケガをしてもすぐに治るから不死なるタスクって呼ばれてるのよね。髪は茶色いのに目が黒いからすぐに分かったわよ。目と髪の色が違う人はそれだけで珍しいもの」

「それでどうする?」

「……私が三割、あんたが七割」

「謙虚だな」

「その代わりガーディアンのことを教えて。私は本でしか知らないから、戦ったことがある人の意見が聞きたいのよ」

「交渉成立。名前は?」

「リスプ」


 タスクが平手を差し出すと、リスプもそれに合わせて握手した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る