第7話
店を出た少女はフードをかぶり城門へ向かうが、視線の先には二人の衛兵がいた。
「いるいる」
目をこらすと他にもコボル王国の衛兵が見える。鎧は軽装で、兜と胸当てしかない。
手に持っている槍以外に武器は見えないが、彼女が警戒したのは槍ではなく、城下町の兵に支給されている魔石だ。
衛兵は城から支給される腕輪をはめている。それは投げ縄のようなものを生み出す魔石だ。
店主に見せた魔石の力なら、縛られても引きちぎることはできる。数人程度の兵なら恐れることはないが、仲間を呼ばれるのを面倒だ。
そもそも大通りを選んだのも、騒ぎを恐れて兵の数を少なめに置くだろうという推測からだが、彼女の当ては外れていた。
城下町から脱出するという目的をあきらめなかった彼女は、行き先を代え狭い路地へ向かう。何軒かの民家を通り過ぎ、別の門から出ようとしたが、その計画にも邪魔が入った。
「魔石?」
盾の紋章が刻まれた銀色の腕輪が、石造りの通りに落下するのが見え、堅いものが地面に落ちる音が響く。
「げ」
人の姿が三つ現れる。
一人は彼女と背丈が変わらず、その長い青色の髪と同じ色をしたドレスの上に、白い上質なコートを着た少女だった。その左右には黒と白の衣装で身を包んだ、長身の執事とメイドとおぼしき男女が立っている。
「見つけましたよ。こんなところにいましたのね、姉様」
真ん中にいる少女が、ローブの少女にそう話しかけた。
「あらら、ずいぶん身なりの立派な方ですね。お付きの執事とメイドもご一緒のようですし、いったい何のご用でしょうか?」
「先ほど投げたのは魔石ですよ。周囲の人間は私たちの声はおろか、存在すら認識できないでしょう。お姉様もご存じですよね?」
「魔石? 聞いたことありますねー。確か冒険者や騎士団が使う、不思議な力を持った道具のことでしたっけ?」
「とぼけないでほしいですね。王女が城から逃げ出そうなど、前代未聞にもほどがありますよ」
「王女とはコボルの王女でしょうか? そのような人と間違えられるとは、なんだか光栄ですね」
青い髪の少女は大きく息を吐き、背中まで伸びた髪は白いリボンで結ばれ、少女に動きに合わせて動く。左右の執事とメイドは直立したままだ。
「そんな風に喋っても誤魔化せませんよ。トイレ掃除が嫌いなクリスプ姉様」
クリスプと呼ばれた少女は話をしながらも、どうやって三人から逃げるか考えていた。
一般人の振りをして助けを呼ぶという手は使えないことはないが、声を響かせるためには魔石の有効範囲から出る必要がある。
青い髪をした少女一人だけならそれも可能だが、髪と瞳が灰色でお揃いな左右の二人はそうもいかない。クリスプはこの二人を知っている。
短髪の執事はヘックスという三十代の男性で、メイドはミランダという二十代の女性だ。短髪で飄々とした顔つきのヘックスに対し、ミランダは片目を隠す前髪と、肩までの伸びた後ろ髪をなびかせつつ、無表情のままクリスプを見つめている。
どちらも武術に優れるだけでなく、国からも信用され王女の護衛を任せられた人間だ。そんな二人をまともに相手にするのは避けたい。
「寄宿学校に通うのがそんなに嫌なのですか? 二年もいれば済む話すではありませんか」
「あんたならそれで済むでしょうね。でも私は父親が王様ってだけで、母親は商人の娘なの。そんなのが歴史と伝統ある王侯貴族のたまり場に行けばどうなると思う? いじめの対象になるだけ、時間の無駄よ」
「あら、いつもの話し方に戻ったようですね」
「そりゃ妹が健気に話しかけてくるんだもん。お姉様としてはルビーちゃんの相手をしないとね」
「まあ、それは光栄ですね。ですが姉様に少しでも箔がつくようにと、学校に通わせようとする父の考えも尊重するべきでは?」
感情のこもっていない言葉に返事をすることなく、クリスプは三人の後ろを向いて走り出す。彼女の作戦は全力で逃げることだ。
「ヘックス、頼みますね」
「やってみますよ」
ルビーに名前を呼ばれた執事が追いかける。振り切れると考えたのかクリスプは足を止めない。しかしルビーが投げた銀色のカードが、自分の足下に突き刺さるのを見て足を止め振り向いてしまう。
「姉様ならご存じですね。この光るカードは魔石で生み出したものですよ」
ルビーの言葉通り、クリスプはその魔石を知っている。
カードゲームでよく使うカードとデザインは同じだが、中身は別物で投擲する武器として使える代物だ。
ルビーは自分の右腕につけた腕輪を得意気に見せびらかす。その腕輪が歩道に突き刺さるカードを出現させた魔石だ。そのことはクリスプも分かっているが、足を止めてしまったため、ヘックスとミランダに挟まれてしまう。
「俺たちとやる気ですか?」
ヘックスはクリスプを見下ろすような形で、軽薄そうな声を出す。
「それで逃げれるんならやるわ」
「俺を倒したって意味なんてありませんって。二人に勝てるわけないじゃないですか」
「……お戯れもいい加減にしてください」
ミランダの声が低く響く。
「無口なあんたが口を開くなんて驚きだわ。私が城から出るのがそんなに珍しい?」
「……そういう問題でありません」
クリスプはヘックスとミランダに挟まれた形になるが、その顔に動揺している様子はなく、まるで最初からそうなることを予想しているかのようだった。
「挟み撃ちってやつですよ。別に命を狙われてるわけじゃないんです。おとなしく城に戻ってくれませんかね?」
「私が言うこと聞くと思う?」
「……力ずくでもかまわないと、ルビー様は仰っています」
「覚悟してくださいね。姉様は何度でも痛い目に遭えばいいのですよ」
笑顔になったルビーを合図に、ヘックスとミランダが同時にクリスプめがけて飛びかかるが、二人は素手でルビーも見ているだけだ。
それをクリスプは冷静に観察し、捕まえることしか考えてないと判断して、笑顔でヘックスとミランダに向けて左手と右手を突き出す。
「吹っ飛べ!」
ローブで隠れていた両腕には銀色の腕輪があり、それに沿うように青白く光るリングが浮いていた。
「姉は魔石を使う気です!」
ルビーの声が響くと同時に、ヘックスとミランダは強風にさらされたかのように吹き飛ばされるが、飛ばされた距離は短く、すぐに体勢を立て直す。
それだけでもクリスプには十分で、彼女はルビーめがけて一気に駆け出した。
「ルビー! トイレ掃除の恨み! 今晴らしてやるわ!」
「貴方という人は! 今それを言うのですか!」
走り出したことで黒いローブのフードがめくれ、ルビーに似たクリスプの顔が露わになる。
その表情は冷静に振舞おうとするルビーとは対照的に、感情がそのまま出た生き生きとしたものだった。
「馬鹿なことを!」
ルビーは手に持ったカードを、自分の体の前に浮かせ、盾のようにした。
「カードは姉様の攻撃なんて簡単に防ぎますよ!」
「妹の考えくらい、分かんないと思ってんの!」
クリスプに驚く様子はない。
ルビーのカードは魔石によって創られたもので、普通のカードとは違う。
カードの形をしているが実際は投げナイフのような武器として使えるだけでなく、カードの平面を相手の攻撃に合わせれば、身を守る盾としても使うことも出来る。それをやろうとしているのが分かっていたからだ。
「せーの!」
ルビーの間近まで近づいたクリスプは、かけ声と同時に地面を右足で蹴り、魔石の噴射する力を利用してジャンプした。
「なっ!」
自分へ攻撃するだろうという読みが外れ、ルビーは驚くことしかできない
「残念でした。じゃーね!」
リスプは近くの民家の屋根に着地し、屋根の上を全力で走り出す。
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