第4話

 翌日エイダに父の友人から以前、「自分さえいなければ、あの子はもっと自由に生きられるのに」と口にしたことがあるという話が届く。

 自警団はそのことを踏まえ、家も争った痕跡や盗まれた形跡がなかったため、エイダの弟である息子を刺殺し、その後で自分も首を吊ったのだと結論を出した。


 エイダは納得できなかったが、葬式などに追われるうちに淡々と時間が過ぎていく。ダートと話をしたいと思ったが、彼は街に定住できないようで定期的に顔を出すだけだった。

 工房と家を往復するだけの日々に心がすり減り、自分がなぜ生きているのか分からなくなるが、たまに姿を見せるダートと話すだけでも気が楽になれた。

 細工師見習いの少女からは謝罪されたが、怒りや憎しみといった感情を持つ余裕はなく、謝罪は話をするようになるきっかけにしかならなかった。


 一方ダートは朝日がぼんやりと地上を照らす早朝の時間帯に、街まであと一時間という街道を歩いていた。

 エイダの住む村の周辺は治安がよく、一人旅も珍しくないが、ダートは後方にずっと違和感を抱えていた。それはこの街道を歩いている間、ずっと誰かに後をつけられているというものだ。


 はっきりと姿を見たわけではないが自分の後を歩く人間がいる。気づいたときは撒こうともしたが、相手は正確に追ってきて、撒こうとしても必ず追いつかれた。

 狙いを定めた動物に追われ続けるようなものだが、ダートはこの状況を楽しみ始め、自分の後をつける人物に興味がわいていた。


「そこにいるな」


 ダートは足を止め、後ろを振り向く。

 街道は一本道だが何もない平野ではなく、少し離れれば木が乱立し、人が隠れるには十分なほど大きな岩石もあった。

 人の姿は見えないが気配はある。どこかに誰かが隠れている。それを見抜いたダートは右手で光剣を構えた。


「姿を見せろ」


 木の陰からエイダにタスクと名乗った男が姿を見せた。


「何だ、バレてたんだな」

「お前は誰だ。なぜ俺を追う?」


 ダートは光剣を構えたままタスクを問い詰める。姿を見せたことは武器を収める理由にはならない。


「あんたに聞きたいことがあってな。一年前のことだが、あの村のエイダって子の家族が殺されたことを覚えているか? 俺はあの時細工師の子にエイダが襲われるかもしれないって必死な顔で言われたからよく覚えててな。結局俺は役立たずだったがあんたは違うだろ? ちょっとした英雄扱いだったよな?」

「それがどうした」

「よくあの子が助けられたなって。普通、ちょうど襲われた場所に出くわすなんてありえないだろ」

「偶然だ」

「偶然ね、俺には不思議な特技があってな。魔石の匂いが分かるんだよ。古代の魔石のことは知ってるよな? そいつを誰かが使うと錆みたいな匂いがする。この匂いってのが使った後、しばらく残るんだよ。酒を飲んだ人間から酒の匂いがするみたいにな」


 タスクがダートとの距離を詰め始める。タスクの両手に武器はないが、左手に篭手がついていることをダートは意識した。


「こっからが本題なんだが、あのエイダって子の家族が死んだとき、騒ぎになっただろ? 俺もあの子の家まで行ったんだが、そこであんたの魔石と同じ匂いがしたんだよ。今匂うのと同じ匂いがな。何でだろうな?」


 二人の距離が一歩踏み込めば斬れるほど近づくが、ダートは動かない。


「あの村は古代の魔石が採れるようなとこじゃないからな。よそ者の冒険者でもなきゃ古代の魔石なんて持っていない。襲われて抵抗した形跡がないってのは、知り合い相手だから警戒してなかったとも考えられるよな? あの子の家族と知り合いで珍しい魔石を持つ冒険者、そんなのが何人もいるわけがない」


 タスクは話を止めるが、ダートは平然としている。


「あんただろ、やったの」

「お前には関係ない」

「もう一つ言おうか。古代の魔石ってのはな、俺達の想像を超えるような代物もあったらしい。例えば……人間そっくりな魔石、石に込めた魔法で人間そっくりな存在を作り出してたってわけだ。今の技術でも武器や道具を出現させる魔石は作れるらしい。ならそういうのもできるんだろ」

「それがどうした」

「人型魔石とか人魔石とか、そんな風に呼ばれるものだってな。そいつらは人間そっくりで、飯も食えば眠りもする。人知を超えた魔術って表現がぴったりだ」

「詳しいな」

「あんたほどじゃないよ。声をかけたのもあの子の両親を殺したのも、石を見分ける能力が欲しかったんだろ? 家族が邪魔だから殺して、身軽にして街から連れ出そうとしたわけだ。落ち込んでるところをつけ込んでな。あの子の才能を使って何をする気だか」

「どうしても俺を人殺しにしたいようだな」


 ダートの声に棘が混じりだした。


「ついでに一つ。さっきの人の姿をした魔石だが、そいつらは人間よりも丈夫にできているが一つ弱点がある。超人に克服できない弱点があるってのは、物語なんかでよくあるやつだよな。そいつを何て呼ぶか知ってるか?」


 ダートの右手が、タスクの胸を狙って動き出す。光剣は一直線に心臓を狙うが、タスクがは横に避け、左手の篭手をダートに向けた。

 タスクの篭手に光る槍のようなものが見え、それがダートに向かって飛び出す。まるで銛のようだと思った頃にはもう遅く、ダートの胸に刺さっていた。


「……不愉快な奴め」


 ダートの体が淡く光りだす。彼は自分が長くないことが分かっていた。

 銛は対人魔石用に作られた魔石だ。刺されれば自分のような人魔石は生きてはいけない。

 ダートに恐怖という感情は備わっていないが、自分が人間でいう死に近い状態であることを理解できる。それを淡々と受け入れることにしたが一瞬、エイダの顔が浮かんだ。


「エイダ……」


 無意識に彼女の名前を呼ぶ。何故そんなことをしたのかはダート自身も分からない。


「あの子のことなら心配しなくていい。悲しいことだけどな、あんたがやったように時間をかけて誰かが傷を癒してくれるだろう。俺だってできることはする。あんたのことも思い出になって忘れて、たまにしか思い出さなくなるだろうな」


 ダートの体は燃え尽きる前の蝋燭のように光るが、その光がなくなると同時に姿を消す。街道にいるのはタスクだけになった。 

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