第3話

 エイダがダートと別れた翌日に、いつものように工房で店番をしていると見知らぬ男がやって来た。


「いらっしゃ……」


 ダートと同じような服装をしていることから、遠くから来た冒険者だろうと思ったエイダだったが、相手の顔を見て言葉が止まる。


「ああ、この髪が珍しいのか? それとも目の方?」


 特別低くも高くもない声で、男がおどけた風に言う。


「……両方ですよー。髪と目の色が違う人は初めて見ました」

「よく言われる。生まれつきなんだよ」


 この村の住人は髪と目の色が一致している人間しかいない。エイダも髪は紫色のくせっ毛で、瞳も髪と同じ色をしている。

 髪が茶色で瞳が黒という目の前の人物は、思わず動きを止めてしまうくらい珍しかったが、ジロジロと見つめてるわけにはいかない。エイダは頭を切り替え仕事をすることにした。


「そうなんですかー。今日はどうしたんですかー?」

「この石を見てほしくてな。魔石に使えそうか?」


 男がカウンター越しに石を五つ並べる。その左腕には金属製の篭手がはめられていた。エイダはそれをこの男の冒険者としての装備だろうと捉えて話を進める。


「鑑定ですかー? 紹介状があれば無料ですけどー……」

「ないから金を出すよ。これでいいか?」


 カウンターに鑑定料分の通貨が並べられる。


「大丈夫ですよー。少し時間下さいねー」


 客はこの男しかいないこともあり、エイダは通貨を回収してすぐに鑑定にとりかかった。

 鑑定といっても特に道具は使わない。石をじっくり見つめると、魔法をどれくらい込められるか、込められた魔法をどのくらいの期間維持できるのか、そういうことを理解できるのがエイダだ。


「一つは当たりですねー。これならどこの工房でもいいお金で売れると思いますよー。残りのうち二つは簡単な魔法なら込められますが、あと二つは売り物にはなりそうにないですねー」

「なるほど。なら強い魔法を込められる順に並べられるか?」

「任せてくださいー」


 エイダは石を並べ替え、彼女にとって左から順番に強い魔法を込められる石を並べた。


「こんな感じですねー」


 男は並べ変えられた石を見つめると、拍手を始めた。


「すごいな。正解だ」


「……お客さん、もしかして初めから分かってたんですかー?」

「ああ、悪い。この工房にすごい鑑定眼の持ち主がいるって聞いてな。どんなものか知りたかった。試すようなことをしてすまなかったな」

「……お金もらってますから気にしませんよー」


 こういう客は珍しくない。自分が見世物のように扱われる不快さはあるが、それを表に出さないくらいには慣れていた。


「本当なら助かる。俺はタスクって名前で、見ての通り冒険者だ。実は聞きたいことがあってこんなことをした。古代の魔石ってのを見たことがあるか?」


 砕けたものではなく、真剣な口調だった。


「古代、ですか……」

「ああ、あんたほどの鑑定眼の持ち主なら、見たことがあるかもと思ってな」


 古代の魔石とは古代人が作った魔石のことで、エイダも聞いたことはある。

 石に魔術を込める技術は、元々古代人が生み出したもので、現在普及しているのはその模倣に過ぎない。

 工房で作られた魔石と、古代人の遺跡から発見された魔石では、込められた魔法の強さに大きな差があり、その違いが魔法の込め方なのか、それとも素材の石なのかは謎のままだ。


「……名前くらいなら聞いたことありますけどー……」


 エイダにとっては遠い世界の出来事でしかなく、そう返答するしかなかった。


「そうか、いいもん見せてもらったよ」

「いえいえー」


 砕けた口調に戻った男は石を自分の鞄に入れ、軽く手を振って工房から出ていった。ダートに比べたら小さく細身な後ろ姿だったが、その姿に他の人にはない力のようなもの感じるとエイダだった。

 

「あ、あんた帰るんだ……」


 仕事が終わりエイダが家に帰ろうとしていると、細工師見習いの少女に声をかけられる。その表情はいつもより暗く、見ているだけでも気が滅入りそうだった。


「……そうですよー」

「……そっか」


 少女は会話を続けようとしないが、この場を離れるようともしない。

 エイダを探るような顔で見るだけで、それ以外のことはしなかった。皮肉を言うことにためらいがない少女がだ。

 エイダは少女と同じ工房で働いているだけで、少女がどんな悩みや問題を抱えているのかは知らないが、普段から話をしておけばよかったと思うくらい、少女の様子がおかしかった。


「……私に、何か話したいことがあるんですかー?」

「い、いやそうじゃない。そうじゃなくって……ごめん、変だね。ごめん」


 そう言って少女は去っていった。


「……何なんでしょう」


 気にはなったが、エイダは帰ることを優先した。

 工房から家まで徒歩で十五分はかかる。

 エイダがいつも通り人通りが少なく狭い道を歩いていると、後ろから抱きしめるように拘束され布で口を塞がれた。


「動くんじゃないよ」


 脅迫する声の主は女性で、前方からナイフをちらつかせてくる。


「ンッ……!」


 エイダは抵抗するが拘束はほどけない。


「連れていきな」

「おう」


 返事をしたのは後ろから拘束した男で、エイダは近くの空き家へと無理矢理引きずられる。

 このままどこかの家に連れていかれたらもう助からない。父と弟とは自分がいなくなったらどう暮らせばいいのか。

 そんな思いがエイダを必死にさせたが、力は相手が上で彼女だけではどうにもならなかった。


「何をしている」


 ダートの声が響く。


「ンッー!」


 エイダが悲鳴とも歓声ともいえる声を上げた瞬間、ダートは全力でエイダに向けて駆け寄る。

 その手には何も持っていなかったため、ナイフを持った女が応戦しようと構えた。しかしダートの手元が光り始め、片手で持てる刀身が光る剣が現れると話は変わる。


「やめておけ」


 ダートは光剣を女ののど元に向けた。それはダートが持つ魔石の力だ。


「周りを見ろ。お前はもう逃げられない」


 騒ぎを聞きつけた住民が集まりだしていた。


「俺は遅かったみたいだな」


 その中にエイダに石の鑑定を頼んだタスクという男がいたことは、エイダもダートも知らないことだ。


 

 日が沈み夜が訪れ始めた頃に、エイダを誘拐しようとした一組の男女が自警団に連行されていく。


「立てるか?」


「あ、はい。そうですねー。体の方は何ともないんですよー。何ともー」


 助けられたエイダは地面に座ったまま動こうとしなかったため、ダートはずっと彼女の側にいた。


「ケガはしていないな」

「はいー。でも足に力が入らなくてー」

「犯人の片割れの子供と知り合いだったそうだな。それが原因か?」

「そーですねー。あの子の親がこんなことするなんてーというのもありますしー、だからあの子変だったんだなーって……」

「変とはその細工師見習いのことか?」

「私に何か言いたげだったんですけどー、このことだったんでしょうねー」


 あの不自然な少女の態度は、警告しようとしていたのだとすれば納得がいく。母親と共犯ならわざわざ話す必要はないからだ。


「その子の母親は酒癖の悪さで有名だそうだな。聞いた話ではよそ者に話を持ちかけられたらしい。お前を売って酒代にでもするつもりだったのだろう。そんな奴だ。娘を脅したっておかしくはない」

「そーですねー」


 エイダもあの少女の母親のことをよく知らないが、悪評だけはよく聞いた。酒癖が悪く借金してまで酒を飲もうとするため、周りからはあきれられていたが、あんなことまでするとは思わなかった。


「とにかく、帰って休んだ方がいい。俺も家までついていこう」

「助かりますー」


 エイダはダートが差し出した手を握り立ち上がるが、その動きは鈍い。頭にある疑問が浮かんでいたからだ。


(お父さんたち、何で来ないんだろう)


 騒ぎになっているのに、父も弟も姿を見せないのが不思議だった。


「どうした? まだ歩けないのか?」

「……いえ、平気ですよー」 


 ダートがじっと見ていたことに気づき、エイダは慌てて歩き出し五分もしないうちに家についた。


「ここがお前の家か?」

「小さくて古いですけど、居心地だけはいいんですよー」


 家族が誰も姿を見せないことに疑問はあったが、父の体調が悪く弟が付き添っているのだろうと考え扉を開ける。


「ただいまー」


 いつものように声を出すが、反応はない。


「二人とも寝てるかもしれませんねー。私が攫われそうになったのに呑気ですよねー」

「そうだな」

「お父さーん、寝てるのー?」


 奥に進んだエイダが見たのは、血を流してうつ伏せで倒れている弟と、首を吊っている父親だった。

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