抗ボルバキア薬の三次配布


「なぜなの!」と、喚いていたのは元役人の妻、夫は抗ボルバキア薬をのまなかったのです。

 そして家族にものませませんでした。

 その結果、一家の男は死んでしまったのです。


「なんとかならないのですか!」

 近くにいた将校に、嘆願していますが、なんともなりません。

「抗ボルバキア薬はどこにあるのですか?のめばよいのでしょう?」


「私は知らないのです、あの薬は一度配布されたはず、二回目の有償分は、ロシア帝国には配布されていません」

「私はかまいません、主人がしでかしたことです」

「しかしせめて残った娘は、何とかしていただけませんか、お願いします」

 この問答を繰り返しているのです。


 そんなところへ、クセーニャは案内されたのです。

「クセーニャ様、なんとか抗ボルバキア薬が手にはいりませんか、ご婦人にこのように嘆願されると、私としては困惑するばかりですので……」


 大隊長は本当に困惑した様子で、とうとうクセーニャに出てきてもらった、というところのようなのです。


 どうやら一家は古正教沿海派教会、別名ポモーリエ派のさらに過激な一派らしくて、地上は反キリストに支配されており、そんな薬は悪魔の薬と、信じていたようです。

 

 クセーニャが、

「反キリストですか……あながち間違ってはいないでしょう……神のお考えは私たちには分からないこと、反キリストが悪魔と誰が決めるのでしょう……」

「しかし奥様、教義をお信じになられるのなら、どうして抗ボルバキア薬を望まれるのですか?」


「貴女は?」

「エカテリーナ様、そしてナスターシャ様にお仕えする女官の一人で、ミハイロフスキー城の管理責任者です」


「ならお聞きください、主人は主人、娘にはロシアといえど、信仰の自由があるはずです」

「娘の兄は、主人の信仰を自ら選んだのですから、致し方ないのかもしれません」


「しかし娘はまだ自ら選んではいません、そうお考えいただけませんか!」

「お願いします、せめて娘は移住させて、明日を迎えさせてやりたいのです」


「……しかし皆様は感染しているのです……女性だからなにもないのです……感染者の移住は認められないのですが……少し上位者に聞いてみます……」


 クセーニャさん、とにかくエカテリーナさんに、電話をしています。

「はい、エカテリーナ様、オーナーに確かめていただける……では返事をお待ちしています」


 しばらくして、クセーニャさんの携帯が鳴りました。

「はい、服用すれば除菌できる……三次配布になるので有償……代価が必要……代償はどのようなもので……」

「けじめの問題、私の一存で良い?薬は私のポケットに転送……分かりました、いまきました」


 クセーニャさん、元役人の妻に向かって、

「抗ボルバキア薬を提供してもよいとの事です、感染していても、服用すれば除菌できるそうです」

「ただし、それでも男児は懐妊できないようです、男児を懐妊すれば、必ず流産します」


「それを踏まえた上で、提供する抗ボルバキア薬は有償となります、無償はありえないのです」

「ナーキッドの公約は守らねばなりません、三次配布となった以上、要求される代価は高額です」


「私たちでも、支払える額なのでしょうか?」

「支払うことは可能ですが、覚悟がいりますよ、ナーキッドが代価という以上は、本来はその方自身なのです」


「しかし私に一任されましたので、私の判断で代価はお二人の毎日24時間、三年間を拘束します」

「ナスターシャ様にお仕えして、雑役をこなしていただきます、了承されますか?」


「はい」


 この二人はデニーキン男爵家の方で、奥さんはミロスラーヴァさん、娘さんはリュドミーラさん。

 アタエフ伯爵家の領地の近くに家はあり、ミロスラーヴァさんはアタエフ伯爵家を知っていました。


 ただこちらも没落貴族で、生活は一般庶民と変わりはなく、交流はなかったのです。


 リュドミーラ・デニーキン嬢は15歳、ロシアの義務教育による、九年生とのことです。


「えっ!スモーリヌイ女学院なの!」

 リュドミーラ・デニーキンは、スモーリヌイ女学院に在籍していたのです。

 

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