アヌークはお友達
「南に逃げるなら、なんでマルスへ移住しなかったの!」
ティアが憤慨していますが、アヌークが、
「多分変化が怖かったのよ……今が続くなら続いてほしい……見えているのに見えていない、見ようとしないからよ」
「お父様は私におっしゃった、お仕事がうまくいく、成功が手に入る、でもそれは、戻れないもしれない」
「明日の明日を思えば、戻れない道は行くべきではない、少なくとも立ち止り良く考える事、判断を間違わないように、自分の望みで目が曇ることのないように……最後のお手紙だったの……」
アヌークの瞳がなんとなく潤んでいます。
思わずティアはアヌークの手を握り、
「私たちは友達よ、いつまでも」
と言ったのです。
アヌークもティアの手を握り返し、
「私たち、友達よね、いつまでも一緒にいてくれるのね」
「勿論よ!」
美子さんは、じっと二人の会話に耳を傾けています。
特にアヌークの言葉には感心したようです。
「さて、時間がないので脇道に入るわよ、かなり揺れるけど、我慢するのよ」
オートルート――フランスの高速道路――A10線をそのまま行く予定でしたが、マシーで降り、国道や地方道も避け、もっぱらコミューン道を走っています。
さすがに、渋滞はあまりありませんが、夜に図体のでかいマローダが走るのですから、そんなにスピードが出せない……はずなのですが……
「美子さま!高速道路ではないのですよ!」
「大げさな……七十キロ位ですよ」
「今は夜ですよ!」
破天荒に走った結果、真夜中の三時にはブロワ近くまでたどり着きました。
「やれやれ、ちよっと休憩しましょう」
ブロワ郊外のボン・サン=ミッシェル通りとシャトー通りの交差地点、このあたりは家がパラパラとあるばかりで本当の田舎、真っ暗です。
「まぁトイレと食事を取りましょう、皆もじもじしているようですし」
そういうと、簡易トイレを一つだして、一番奥に設置し、カーテンで仕切りをしました。
「まあ、音は我慢ね、私がやってみるわ、あっ紙、リュシエンヌさん、紙、紙」
……
「あっスッキリしたわ♪」
この美子さんの行動で三人もおトイレへ、そしてフランスパンに、瓶詰のジャムなどをつけてかじっています。
かなりワイルドな美子さんです。
この時、誰かがドアをノックしました。
窓ガラスには、二十三四の娘と、その妹らしき十七八の少女が見えます。
「美子さま……」
「私が相手しましょう」
美子さん、天井にあるドアを開けて身を乗り出すと 、「なんの用、こんな時間に?」
「乗せてくださいませんか、私たち、シュノンソーへ行きたいのです」
美子さん、微かに笑ったようですね。
「女性は乗せてもいいけど男はね、まして暗闇に銃を持っている強盗はね」
突然銃弾の嵐が美子さんを包みますが、全て美子さんの手前で止まっています。
「ユニオン・コルスもしつこいわね、それともフランスの現地政府かしらね」
「まあ誰でもいいわよ、買ってあげるわ、誰から死にたいのかしら?」
弾を一つ掴むと、指ではじき隠れている男の眉間に命中させます。
「死にたくなければ逃げることね、急いでいるから今回は見逃してあげるわ、死にたいのならいいわよ、もうすぐカルナヴァル、祭りの余興に、盛大に火葬にしてあげましょう、このようにね」
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