死のドライブ

「旦那様、朝食の御準備が出来ました」


 その夫人を殺害した翌朝に、執事ロイ・フォンテーンは何食わぬ顔であるじスコット=エリオットに対して給仕を行っていた。その態度は慇懃いんぎんで、何一つ執事としておかしいところがあるようには思われなかった。ただ一点、盆の上の紅茶に、大量の睡眠薬が溶かし込まれているという事実を除いては。


 主人の朝食の最中に、フォンテーンは語った。


「実は今朝がた早く、奥様はスコットランドへと御旅行に発たれました。旦那様には、車で追ってきて欲しいとのことです。また、わたくしめには荷造りを仰せつかっております」

「分かった。そのようにしよう」


 キトーは高級車を借りてきた。メアリー・コグルは殺された夫人の持っていたミンクのコートが気に入って、それを着て御満悦であった。一方、スコット=エリオット氏はといえば意識朦朧の状態に陥り、車の後部座席に押し込まれた。


 トランクには既に夫人の死体がある。キトーは運転手、メアリーは女主人、そしてフォンテーンは執事であるというていで、三人は車を走らせた。


 一行は途中で一泊し、そこで車に老人を放置したままパブに入りさえした。パブの駐車場で老人が目を覚まし、通りすがりの無関係な客が「あんたらの車に乗ってる爺さんが、早く車を出してほしいって言ってたぜ」などと三人に話しかけて、ひやりとなる一幕もあった。何しろ、その車には死体が乗せられたままなのである。


 だが、その場はなんとかやり過ごし、翌日、スコットランドのとある村の近くで、ウィスキーに睡眠薬を盛られたスコット=エリオット氏が昏睡状態に陥っている中、夫人の死体は浅く掘られた穴の中に捨てられた。


 スコット=エリオット氏はさらに車で北へ北へと連れられて行った。翌日、とうとう目を覚ました老人が「用を足したい」と言って車から降りたときが、決行のタイミングとなった。


 フォンテーンは、小用中のスコット=エリオット氏に襲いかかり、後ろからその首を絞めた。だが、八十過ぎの老体のどこにそんな力が眠っているのかというくらい、抵抗は頑強だった。結局、キトーが車のトランクからスコップを持ってきて、老人の頭蓋骨を粉々に砕き、哀れな老紳士を永遠の眠りに就かせたのだった。


「やれやれ。思ったより手強かった。先祖のスコットランド貴族の血という奴かな」


 と、フォンテーンは一人ごちた。

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