二つの顔

 スコット=エリオット家の執事に雇われた後、フォンテーンはひそかに、スコットランドのニュートン・アーロシュにコテージを借りた。愛人を囲うためであり、また犯罪のためのアジトとして利用するためでもあった。


 ロイ・フォンテーンは両性愛者バイセクシャルであった。この頃既に五十三歳となっている彼の男女遍歴は、彼自身の語るところによれば錚々そうそうたるものがあったらしいが、いずれにせよこの当時の愛人は、キトーという共犯者の男と、メアリー・コグルという元看護婦の窃盗犯、その二人であった。


 スコット=エリオット家に入り込んで数週間、家の主人夫妻の留守の日を見計らって、フォンテーンはキトーをリッチモンド・コートに忍び込ませた。夫妻を「始末」した後に奪い取る品を物色させるためであった。


 しかし、留守であるはずのスコット=エリオット夫人は、何故か彼女の寝室で姿を現した。家に、忘れ物を取りに戻っていたのである。


「ロイ、そこで何をしているの? その男は誰?」


 しかしこのとき、根っからの犯罪者であるキトーは、反射的に彼女に飛びかかった。最初はただ押さえつけて拘束するだけのつもりでいたらしいが、激しく抵抗されたために、キトーは夫人の後頭部を床に強く打ち付けてしまった。夫人は気を失っていたが、このまま目を覚まされたら、警察を呼ばれることは間違いない。


 そこでフォンテーンは、に始末を付けることにした。近くにあった枕を取り、それを夫人の顔に当てて、キトーと二人で息の根が止まるまで押さえ続けたのである。


 二人はとりあえず、夫人の亡骸をベッドに寝かせてシーツをかぶせた。ここで、騒ぎを聞きつけたスコット=エリオット氏が目を覚まし、部屋から声をかけた。


執事バトラー、何の騒ぎだ」


 フォンテーンは咄嗟に声色を取り繕い、こう言った。


「特に問題はありません。奥様は悪い夢でも見られたのでしょう」


 そして、特に疑いを抱くこともない老人に対して、彼が普段から服用している睡眠薬を追加で飲ませて眠らせ、フォンテーン自身も自分の部屋に戻って眠った。


 豪胆なフォンテーンが朝まで眠って目を覚ましたところ、それとは対照的に初めての殺人のショックから一晩中眠れずに部屋をうろうろしていたキトーの姿が目に入った。フォンテーンは、キトーを落ち着かせるために自分が咄嗟に思いついた新たな計画を話した。


 つまり、メアリー・コグルにスコット=エリオット夫人の服を着せ、しばらくの間その替え玉を演じさせるのである。


 もちろん、そんな術策が、スコット=エリオット氏本人に対しては通じるはずはない。フォンテーンは既に、妻だけでなく夫をも始末する計画を心中に固めていたのだった。

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