第3話 85歳になって思い出してしまう

佐々木さんの手の温かい感触が、僕の腕には伝わってくる。

目をやると、見知らぬ部屋に到着していた。僕は未だに頭の中が真っ白だったが、

佐々木さんの部屋に案内されたようだった。辺りを見渡すと、女の子らしい部屋だった。

周りにはぬいぐるみが沢山置いてある。僕は初めて女の子の家に足を踏み込んだのだ。


「福島くん……大丈夫?」佐々木さんは僕の方をみて優しく語り掛けてくる。そっと優しくタオルを渡してくれる。僕は緊張で固まったままだった。少し時間が流れる。1分ぐらいだろうか、僕の体内時計では数時間にも思える程、頭の中で返答を考える。

タオルで身体を拭きながら、言葉を模索する。


「ありがとう…ございます。濡れていたので、親切にとても…助かりまする」僕は緊張の中一生懸命に考えた、言葉を佐々木さんにぶつける。

佐々木さんは笑い転げている。状況が未だ飲み込めないが、僕は身体を拭き続ける。

拭いても拭いても、僕の額からは、滝のように水が落ちてくる。汗を尋常じゃないくらいにかいている。止め処なく流れている汗で余計に緊張が高まる。


「福島くん、本当におもしろいね。傷の手当てしたいから、傷口をみして」佐々木さんは、僕の傷をみて、消毒液をかけてくれる。彼女に僕は身をまかせる。このまま時間が止まればいいのに、僕は頭の中で呟いた。


傷口を一通り消毒し絆創膏を貼ってもらう。僕は未だ固まったまま、彼女に身を委ねる。

「見えている所は、このぐらいかな?他に痛い所ある?シャツ脱いでみて?」佐々木さんは僕に呟く。僕は言われるまま、彼女の前で上半身のシャツを脱ぐ。


「おい…誰か来ているのか」玄関先から男性の怒鳴り声が聞こえる。僕は声が聞こえた方に目をやると、大柄な男性が、僕たちを睨んでいる。

そして、いきなり、佐々木さんを殴り倒す。

「てめえまで、あいつと同じことしやがって」男は再度、佐々木さんい殴りかかる。

僕は止めようとするも、身体が動かなかった。大人の男性の迫力に身が震える。


「お父さん…ちがうの。ごめんな…さい」佐々木さんは、か細い声で、男性に向って謝罪をする。そして、僕の方を見つめる。

僕は、一瞬記憶がなくなった。顔が、痛い。どうやら、男性に殴られたようだ。

恐怖で、僕は走りだす。一目散に玄関を抜けて、雨の中、走っていた。


ようやく、自分の家に着いた。安堵感と罪悪感が込み上げてくる。佐々木さん、ごめんなさい。涙が、目から溢れてくる。僕は、佐々木さんを置いて逃げたのだった。

罪悪感がより強く、込み上げてきた。ベットの中に籠り、目を閉じた。


次の日、学校には行きたくなかった。佐々木さんに合わせる顔がない。僕は、重い足を引き連れて、教室に入る。僕の席には、鞄と制服が綺麗に畳んで置いてあった。

佐々木さんが届けてくれたのか…隣のクラスに赴く。佐々木さんを捜して、僕は謝らなければいけない。でも、佐々木さんは学校には居なかった。


1週間後、佐々木さんは、学校に来ていた。話しかけようにも、言葉が出てこない。佐々木さんも僕を見ても、通り過ぎるだけだった。そして、卒業式も佐々木さんに話すきっかけも見つけられないまま、会えなくなってしまった。

こうして、僕の初恋は終焉を迎えたのである。


現在、僕の前には、佐々木さんがいる。あの時、謝れなかった。後悔を今、僕は彼女に伝えることができる。

「佐々木さん。僕の事を覚えていますか」

















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