恨みからの解脱

一つやりたい事があった。


 私は幼少期いつも泣いていて、自分に非がなくともずっと泣いていた。相手に自分の思っていることを伝えられなかった。

でも私は大人になったので、もう我慢したくはないので言うようになった(でもまだ自分のアサーションレベルが低いのは十分理解している)。

人と争う事に恐怖感を抱かなくなった。

 私は小中高、ずっといじめられていたがどの先生も見て見ぬふりをして、ある先生は「寧ろ人気者ですよ」と全く逆の事を言った。

しかし、私は先生や両親にひどい陰口(「あんな風に生まれたら死んだ方がマシ」とまで言われた事がある。)や暴力を受けていた事を強く訴える事が出来ず、自分で対処していた。寧ろノートを借りたくないから皆勤賞だったくらいだ。

 「自分で何とかする」という強い観念は今迄に至るまで私の強い武器ではあるが、同時に弱さでもある。が、大学に入ってから私を肯定しかしない友人や先生方に会って自信が身について人生が180度変わったのである。


 私のやりたい事は全学校に「私と同じ思いを生徒にさせるな」という文章を送る事だ。


「燃え尽きた人は、戦いすぎた人である。しかし、その闘いは自己実現のための闘いではなく、人から賞賛を得るための闘いであり。人を見返すための闘いであり、不安との闘いでもあった。(中略) だからこそ、人からの賞賛を目的としない生き方である。そして自分らしい生き方をするべきなのである。」


以下のような文章を高校、中学、小学校に送った。


○○様


私は3年間○○コースでいじめられました。

暴力的なものはなく、注意されないように悪口を言われました。ずっと。

しかし、私は3年間通いました。何故なら同級生からノートを借りるのが嫌だったからです。

しかし、そのことを相談すると○○先生は「○○さんは人気者」と全く逆の事を言いました。私は貴校は増悪の対象でしかありませんが、私は卒業後大学に通い、先生方と違って何回も私の話を聞いてくれた先生にお会いする事が出来ました。私は大学に入って優秀な成績で卒業し、大学院にも入り、そこでも優秀な成績を修めました。

私は3.11の1週間前に貴校にお邪魔し、先生方にお会いしました。

私は一緒に連れて行った彼氏と一緒に功績を話しました。

先生方はとても満足そうだったので自分の静かなる「復讐」は終わったのだと思います。

ですが、どうか、クラスからのけ者にされている人を見ぬふりをして、成績優秀者だけ可愛がるような真似はやめてください。私からの願いは一つです。


 この文章を送った事は無意味である。自分でも分かっている。でもこれは自分の「恨み」との決別の儀式だった。

きっかけはある本の一文に「弱い者は戦わずに我慢するままである。一度で良いから戦えば良かったのだ」と書いてあった。


 私は当時戦わなかった。流れていった。何もしない事で自分を守った。

でも今は違う。

私は自分を馬鹿にしていった人を見返す為に精一杯、精一杯生きた。

でももう十分だ。自分で戦える為の力も付いたし、味方も沢山出来た。


「あなたの劣等感の原因となった言葉は、その人が自分を守るために言った言葉である。その人が自分の弱点を隠す為に言った言葉である。あなたについて行った言葉ではない。」

「他人の評価で動かないで、自分の求めているものを得ようとする。その態度を貫く。」


許すって、結局は「損」。


何かというと、「許せない」という出来事は自分から何かが「奪われた」から。

そして「許せない」という事はその「奪って行ったものを返してもらってない」という事。


何を奪われたのか。

自分の好意や優しい気持ち

自分の心や体の安全

もらえるはずだった愛情


 「謝ってもらったら」奪われたものが返ってきて少しは気持ちが違うのかもしれない。でも、いまだに謝ってくれない。

 悪い事をしたのかも分からない。罪の意識がない。寧ろ自分の事を最大限に尊重した親だと思っている。何十年、一緒にいても私がどういう人か、何を望んでいるのかいまだにわかってくれない。


これが許せない。

だから、罰を与えないといけない。

だから、私には仕返しする権利がある。

だから、自分と同じ辛い目に遭わせたい、

つまり、相手の「大切なものを奪ってやりたい」。

相手が傷つくようなことをして、尊厳を奪ってやりたい。

そして、その「奪って行った」のが私の場合「身内」だった。


一番、与えてくれるはずの私の両親

一番、自分の尊厳を守ってくれるはずの私の両親

ああ、私は何て損をしてしまったのだろうか。これから取り返せるのだろうか。


「とりかえしがつかないぐらい」の損。

「返してもらいようのない」損。

「尊厳を奪われた」「大事にされなかった」は、やがて

「わたしは、大切にされる価値のない人間なんだ」

「わたしは、愛される価値のない人間なんだ」という負の自信へと発展した。


だから、自分の価値を作ろう。

だから、認めてもらえるようになろう。

だから、愛される人になろう、と頑張り始めた。


でも、愛してくれない人のところで暮らしていた。スタートが狂った。

でも、その分、今迄愛されるために頑張って色んな成長を遂げてきた。

色んなことを頑張ってきた。


だから、もう私は愛される人であるんだ。

私には、いっぱい愛される要素があるんだということ。

それを信じてみる。


親を許せない。


 でも「許せない」を持っている以上、「損したくない」「愛を奪われたくない」と思い続けなくてはいけない。これもしんどい。

でも親を許すのは、しんどい。やっぱり許せない。

でも仕方がない。私はもう既に大損してしまったんだ。

でも損を取り戻そうとして、これまで失敗しているんだから過去を振り返らない。

せめて私の出来る事は、私がもし両親になる機会があったら子供に絶対同じような苦しみを与えないという事だ。


 悔しいけれど、加害者にならずに苦しみから解放されるためには、許すしか手段がない。今の世界は。


過去を振り返ったら負け。


 今まで私は過去のふがいない自分と将来起こり得る嫌な事をずっと恐れながら生きてきた。

 でもそれは「今」を生きていなかったのだ。

将来怒られるんじゃないか、とかあの時どうしてこうしなかったんだろうと後悔するのではなく、今目の前の事に対処する。問題を解決しようとする。自分に足りなかったのはその観点だ。

今を生きよう。何が起きるか分からないんだから。


 絵理はすうっと深呼吸して、その日はすぐ寝た。音楽をかけることにした。東京事変の「勝ち戦」だ。いつもと違ってすぐ眠れた。


「誰もわかっちゃくれないね

他人の隠された苦労なんて

評価はあの世で気にしよう

夢と現実の隙間だけが正しい


思い出迷子は負けのはじまり

いまを実感する者だけが勝つ」


 後日、小学校の校長から返事が来た。

「このたびは、貴重な御意見をありがとうございました。

本校では現在、学校HPにも掲載しております『学校いじめ防止基本方針』に基づき、いじめ防止を推進しています。いじめは決してあってはならないものとの認識のもと、全ての教育活動に取り組んでいます。また、日頃より教職員に対し、公正・公平な態度で児童に接するよう指導しているところでございます。今後も御理解・御支援いただくようお願い致します。」

複雑な心境だが、何もないよりはマシだと思う。中学校、高校からは何も返事がなかった。

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