[4]

「それで、姉さんは私を連れ戻しに来たんだろ。父さんに言われて」

「そうですね。でも、もう少しだけ、ここに居ましょう」

「えっ?」


 姉さんがそんな事を言うのは、意外だった。

 私が言えた義理ではないかもしれないが、姉さんは超が付くほど真面目だ。

 どんな理由があるにせよ、父に申し付けられた用事は、滞りなく果たす――そう思っていたのだが。


「偶にはお休みする日があっても、いいと思いますよ。それに」


 相も変わらず、姉さんはニコニコと微笑みながら話す。

 けれど。


「私も偶には、こうしてミハルとゆっくり過ごしたいんですよ」


 一瞬だけ、その笑顔の中に、陰りが見えたような気がした。


「……ねえさ……」

「そうすか。じゃ、俺はそろそろ帰ります」


 私の発言は、しかし晃によって遮られる。


「いえ、晃くんも一緒にのんびりしませんか。この三人で居ると、何だか懐かしいですし」

「ああ、ありがとうございます。でも俺も、そろそろ親に心配かけちゃうんで。じゃあな、ミハル!」


 出会った時とは真反対の笑顔で、晃は走って公園を出て行く。

 けれども私の心は、ちりちりと渦巻く疑念によって支配されていた。

 姉さんはいつだって平静を崩さない。

 けれど時折、その表情に、言葉に、影を感じることがある。

 なるべく、気にしないようにしていた。

 姉さんを疑いたくなんてないから。

 けれどそれは私が大きくなるにつれ、段々と頻度も増え。

 姉さんもまた、私に隠さなくなってきているような気がする。


 疑念は別の疑念へと連鎖する。

 そもそも、姉さんは"大人"すぎるのだ。

 私が知るどんな人間よりも。

 周りに『神の使い』だなんだと持て囃されても、驕ることも腐ることもなく。

 それが自分の役目だと、望まれた役割を果たしてみせる。

 それでいいのかと、何回か聞いた。

 それでいいんですよ、姉さんは決まってそう言う。

 外の世界を知らない訳でもない。逃げることを知らない訳でもない。

 。それなのに、姉さんは巫女としての使命を完遂することを選ぶ。

 まるで全てを悟っているかのように。

 ……姉さんは素晴らしい人だ。それは間違いないし、疑わない。

 けれどそれは、果たして姉さんの持つ素質だけの賜物なのか?

 同じ親から生まれたいもうとは、あんなに強くないのに。


 何か。

 何かは分からないが、凄く……嫌な予感がする。

 私の知らない何かが、裏で動いているんじゃないかって。

 私を、騙しているんじゃないかって。

 こんな疑いを持つ自分を恥ずかしく思う。

 けれど、一度膨らんだ猜疑心は、もやとなって私の心を蝕み続けているのだ。


「どうかしましたか、ミハル?」


 姉さんに声を掛けられて、はっと我に返る。

 その表情には、陰りは見られない――を探してしまっている自分に、腹が立つ。


「何でもないよ、姉さん」


 本当に。何でもないんだ。


「大丈夫ですよ、ミハル。父はきっと許してくれます。先ほどだって、ちゃんと謝れたではないですか」


 けれど、そんな私の事なんて見透かすように。


「ですから、大丈夫です。私も、神様も、あなたの――味方ですよ」


 私をふわりと抱いて、そうささやく。

 暖かい。姉さんの鼓動を感じる。

 まるで人でないように言われる事もある姉さんだけど、こうして触れれば、ちゃんと生きているんだって、同じ人間なんだって、分かる。

 いつだって、姉さんはずるい。こうされたら、もう私は何も言を発せない。

 何も疑うなと。心配するなと。言外に語られている。

 そして、その楽園に逃げ込んでしまいたくなる。

 でもきっと、それが正しいことだよね、姉さん。

 姉さんが何か隠しているにしろ、それは私を想っての行動だ。だったら私は、姉さんを信じるだけ。

 それが私の『しなければならない』事であり、『したい』事でもある。

 つまりは、私が『するべき』事だ。


「……ありがとう姉さん、私も大丈夫だ。家に帰ろう」


 私は姉さんから離れると、そう宣言した。

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