[3] 

「しかし、これで陸上選手っていう夢は潰えたなー。素直に旅館継ぐかぁ」

「別に、夢を追いかけてもいいんじゃないか、晃」

「いや、いいや。俺も別に継ぐのは嫌じゃない。この村が好きだからさ。そういうミハルも、巫女を継ぐんだろ?」

「まあな。互いに家に縛られる身だな」

「ミハルも、何か夢とか無いのか?」


 晃に問われて、言葉に詰まる。

 夢、夢か。

 私は昔から『しなければならない』事が多かった。

 勉強にしろ、練習にしろ、諸々の手伝いにしろ。

 だから『したい』事をやった記憶がないし、考えたこともない。

 それは自分自身の望みが薄いから――というだけでなく。

 その『しなければならない』事に殉じる姉さんは、しかし誰よりも輝いて見えたからだ。

 だから私に、夢があるとすれば――


「……姉さんみたいになりたい、かな」

「ああ、姉ちゃんか。綺麗なひとだよな……」

「……気があるのか?」

「そ、そんなんじゃねぇよ! てか、睨むな怖いから!」

「はぁ……まったく」


 姉さんの凄い所は、そんな表面上のことではないのだ、と心の内で毒づきながら。

 私は遊具から少し離れると、竹刀を握る。


「ん? どうしたんだミハル?」

「どうも何も、素振りだが」


 そのまま、ぶん、ぶんと、竹刀を降り始める。

 その様子を、晃は何やら怪訝そうな面持ちで見ていたが、やがて吹き出して笑い始める。


「ぷっ……あはは! いやミハル、サボりに来たんじゃないのかよ!」

「なっ……だから、抜けたくて来た訳では……ええい、笑うなっ!」

「ははは……っておい、ミハル? ちょ、ちょっと待てって!」


 素振りを中断すると、竹刀の切っ先を晃に突きつけながら詰め寄っていく。

 晃は「マズい」という顔をしながら後ずさりしていくが、やがて柵に引っかかって下がれなくなってしまう。


「覚悟しろよ、晃……」

「ま、まて! わるかった! わるかったから!!」


 慌てる晃を見て、まあ許してやろうか、なんて調子に乗っていたその時。


「ミハル?」


 不意に、後方から声が掛かった。落ち着いた女性の声。

 恐る恐る振り向く。

 公園の入り口に、姉さんが立っていた。


「何を、しているんですか?」

「あ、えっと、その、ね、姉さん。これは……」


 一歩一歩、姉さんはこちらに近づいてくる。

 いつも通りの穏やかな笑顔を崩さずに。

 けれども付き合いの長い私には分かる。

 これは、ものすごく怒ってるぞ……


「全く。ミハル、私たちが刀を握るのは何の為ですか?」

「……よ、よこしまを祓うためです……」

「晃くんはミハルにとって、邪悪な存在なんですか?」

「いや……違います……」

「お、お姉さん。あの、俺が悪かったんで……」

「ダメです。如何な理由があれど、刃を只人に向けてはなりません。その竹刀を渡しなさい」


 晃の擁護も意に介さず、姉さんは毅然と私を叱りつける。

 怯えながら、私は手に握っていた竹刀を差し出した。


「ごめんなさい、姉さん」

「私じゃなくて、晃くんに謝ってください」

「ご、ごめん、晃……」

「いや、いいよ……俺も悪かったから……」


 二人揃って、すっかり姉さんに気圧されてしまっていた。

 姉さんは怒ると怖い。というより畏ろしい。

 ただでさえ白蛇のような神々しさを持っているのに、その威厳を一片も欠かさずに説教するものだから。

 逆らおうものなら食べられてしまうんじゃないか、なんてさえ思える。

 けれども私がちゃんと謝ったのを見て、姉さんの怒りは解けたのか、いつもの優しい姉さんに戻った。


「ふふ、これでは立派な巫女さんにはなれませんよ、ミハル?」

「うう……」

「晃くんも、いつもミハルと遊んでくれて、ありがとうね」

「い、いえ。別に、何てことは……」

「ミハルはすぐ手が出る所がありますから。学校でも、迷惑を掛けていませんか?」

「あ、そうなんすよ! こいつ、学校でもすぐ頭掴んだり、小突いてきたりするんですよ!」

「ちょっ、晃!?」

「ミーハールー?」

「ご、ごめん姉さん……晃っ!」

「ははは、お返しだよお返し」

「う、ううう……」

「ふふふ」


 何ともしがたい唸り声を上げる私を、穏やかに笑って眺める姉さん。

 やっぱり、この人には勝てない。

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