[2]

 七月。文月。もう少しで夏休みが始まる時期。

 山々の間から覗かせる夕日を、立ち並ぶ木々が遮る。

 淡い陽光とヒグラシの鳴き声を背に浴びながら、私は竹刀を担いで歩いていた。


 神社から少し降りたところに、村を一望できる高台の公園がある。

 小さい頃は、よくここで遊んだ。私と姉さんと、それにもう一人。

 清水晃。旅館の跡取り息子で、幼なじみの腐れ縁。

 殆どの者同士が顔見知りであるこの狭い集落ではあるが、私と晃の親は特に親交が深いらしく、昔から何かにつけて一緒に居ることが多かった。

 私は学校には通っているが、神事の手伝いで欠席することも多く、またこの地を代々守ってきた神社の生まれとあって、クラスメイトにせよ、先生にせよ、どこか一歩置いた風に接される。

 それを気にせずに話しかけてくれるのは、晃ぐらいのものだ。


 今日もそれとなく公園に寄ってみると、そこには晃がいた。

 もう中学三年生だとというのに、ブランコを力なく漕いでいる。

 

「晃、何してるんだ?」

「お、ミハル。……そっちこそ、何の用だよ」

「……休憩だ」

「あー、サボり? って、真面目なミハルの事だから違……ん?」


 ……図星だった。正確には、父と喧嘩したのだが。

 父の指導はいつも厳しい。細かな作法、顔や手の動き、目線まで、寸分の狂いも許されない。

 間違えるたびに厳しく叱責され、正しくできるようになるまで、指導は終わらない。

 それに耐えかねて、「こんなに何の意味があるんだ」などと口走ってしまったのだ。

 当然、烈火の如く怒る父。それから逃げるようにして、ここに辿り着いたという訳だ。


「何だ、ミハルもやる時はやるんだな」

「うるさいな。抜けたくて抜けてきたんじゃない。そっちこそ、部活の時間じゃないのか」

「……もう、引退したよ」

「え?」


 晃は陸上部、棒高飛びの選手だったはずだ。

 気の抜けたように、晃は続ける。


「予選落ちだ。本番だってのに、ミスっちまってよ。……折角田舎者の力を見せてやるって思ってたのに、このザマだ」


 窮屈そうに足で地面を蹴りながら、晃はそうこぼす。

 ここまで落ち込んでいる晃を見るのは、初めてだ。


「わ、悪い。……知らなくて」

「気にしてねぇよ。ミハルも最近、学校来てなかったしな」


 そう言って、晃は無理に笑顔を作ってみせる。

 晃は今、失意の底にあるはずだ。それでも尚、私の事情を汲んでくれている。案じてくれている。

 その気遣いが、痛い。


「……結果は伴なわかったかもしれないが」


 心の痛みから逃げるように視線を逸らし、晃の支えになるような言葉を探す。


「それでも、晃は三年間、一生懸命やってきたんだろ」

「結構サボったけどな」

「らしくないな。そうだとしても、真剣にやってたんだろ、お前なりに」

「……まあ」

「だったら、きっと無駄なんかじゃないさ。それに」


 視線を逸らしたまま、言葉を続ける。


「何だかんだ言いつつも、部活に打ち込んでんでるお前の姿は、格好良かったよ」


 口に出してから、浮ついた言葉だったかなと、少し気恥ずかしくなる。

 けれど晃は顔を上げると。


「……ありがとな、ミハル。少し、楽になった」


 そう呟いて、普段のように、機嫌の悪そうな――しかし棘のない雰囲気に戻った。

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