本心からのもの

『寛げる空間を提供する』


それがこちらの旅館の理念であると私は感じました。そして、旅館側の思う<寛げる空間>と私の思うそれとは合致しているとも感じました。


チェックアウト時、女将と仲居が、


「明日もご予約いただき、ありがとうございます。ご満足いただけますよう、従業員一同、精進してまいります」


と深々と頭を下げて、私と千早を見送ってくだくださいました。


高校生と小学生という、一般的にはあまりこういう旅館を利用するとは考え難い二人組でありながらそれについて余計な詮索をせず、見くびらず、そして手を抜くことなく、当たり前の対応を当たり前に行ってくださったことに、私はとても感心しました。


帰りのタクシーの中、千早に問い掛けます。


「明日も来ることになりますが、それでいいですか?」


すると千早は、


「いいよ! すっごく気に入った。毎週でも来たい♡」


と満面の笑みで言ってくれたのです。


何か気に入らないことがあれば隠し立てせずに素直に口にするタイプの彼女がこう言うのですから、本心からのものでしょう。


ヒロ坊くんの家に帰ってからも、


「めっちゃよかったよ!」


テンションは高いままです。


「そんなに良かったのか?」


カナが尋ねると、


「木のお風呂でね! 良い匂いしててね! 気持ち良かった!」


と、子供らしい端的な答えを返します。


「檜風呂というものですね。非常に手入れが行き届いていて清潔でした」


するとフミが、


「へ~、檜風呂って私も家族旅行で行ったホテルで入ったことあったけど、正直、あっちこっち傷んでてなんかボロッちくてちょっと汚いなあって印象だったんだけど、綺麗だったんだ? 新しいってことなのかな?」


やや半信半疑という感じで訊いてきました。そう感じるのも分かります。私も同じ思いをしたことがありますし。


ですので、


「それほど古くないというのももちろんあるでしょうが、それ以上に、しっかりとメンテナンスが行われているという印象でしたね。明日にはフミも行くんですから、ご自身の目で確かめたらいいと思います。


ですが、私としてもお薦めできる旅館ですね」


と告げさせていただきました。


「うわ~、それは私も行きたいな~」


イチコが羨ましそうに声を上げました。明日はお母さんのお墓参りなので、イチコは行けないからです。


「って、イチコはお母さんに会いに行くんでしょ!」


フミが呆れたようにツッコみます。


それに対してイチコは、


「でもな~、お母さんにはいつでも会えるしな~」


とのことでした。


これは、イチコの心の中にお母さんの存在がしっかりと根付いているという意味ですね。


ですが、私も告げさせていただきます。


「旅館の方も予約さえ入れればいつでも行けますよ。だから心配要りません」


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