檜風呂

千早と一緒に入った檜風呂は、とても気持ちのいいものでした。ふわりと漂う檜の香りに包まれ、床まで檜で作られているためにひんやりとした感触がなく、丁寧に磨かれているためにぬめりもなく、優しい印象を受けます。


総檜造りでこれだけの大きさの浴場となれば、メンテナンスだけでも相当な手間が掛かるはずでしょうね。そういう意味では素人である旅館従業員だけの清掃ではここまでは難しいのではないでしょうか。


大変なコストがかかっているでしょう。


それを、過剰なサービスはしないという形でコストを抑えることで賄っているとしても、利益率に対して少なくない影響は与えているものと推察できます。


単に利益を上げるだけであればむしろ普通の浴場にした方が良かったでしょうが、それではまったくセールスポイントがなくなってしまうと思われます。正直、シティホテルやビジネスホテルで十分ということにもなりかねません。


体を洗いながらそのようなことを考えている私の背後で、


「わはははは! あははははは♡」


完全に二人だけの貸切状態ということもあり、千早が浴槽でバシャバシャと大はしゃぎしていました。


「はしたないですよ、千早」


一応、声を掛けさせていただきます。今は他にお客がいないので迷惑にはなりませんが、はしたない行為であることは分かっていていただかないといけませんし。


「は~い♡」


素直にそう返事はしていただけたものの、今度は泳ぎ始めてしまいました。


しょうがない子ですね。


「泳ぐのも駄目ですよ」


とは言わせていただきつつ、私の頬も緩んでいるのが分かります。


千早がこうやっていかにも子供らしく、そして楽しそうにしていられるのが嬉しいのです。それに、他にお客がいる時には、よほど浮かれている時でなければここまではしないことも、私には分かってしましたから、


それから私も体を洗い終え、浴槽に浸かります。


湯加減もちょうどよく、また、お湯そのものの肌触りが優しく感じるのは、檜風呂だからでしょうか。


そうしてゆったりとお風呂を堪能して上がると、部屋のテーブルにお菓子が並べられていました。


抹茶を使ったスイーツでした。プリン、チョコ、クッキー、サブレ等々。


一緒に添えられていたチラシには、


『今後のサービス向上のために、よろしければお客様のご意見をお聞かせください』


となっていました。これらのスイーツの中から特に評判の良いものを通常サービスの中に加えようという意図なのでしょうね。


お客様の意見に囚われ過ぎず、しかし耳を傾けようという姿勢は好ましいものだと感じました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る