私の中に

「次の日曜日は、私と千早とカナとフミとで、例の旅館に行くことになりました。そのため、山下さんのお宅に伺うのはお休みさせていただきます。


イチコのご家族には、お母さんのお墓参りに行っていただくことになりましたので、お邪魔をしないためです」


夕方。いつものように山下さんが沙奈子さんを迎えにいらっしゃって、<会合>に参加された時、私はそう言わせていただきました。


「……あ、はい」


山下さんが事情を掴み切れないのか少し戸惑った様子をされてらしたことで、


「実はその日、妻の命日でして……」


と、お義父さんが説明を付け加えます。


すると山下さんはさらに、ハッとした様子でお義父さんを見ました。


「本当は、田上たのうえさんの誕生日も近いということで、楽しい気分に水を差したくありませんでしたし黙っておくはずだったんですが、大希ひろきが口を滑らせてしまって、急遽、そういうことになりました。皆さんにはご迷惑をおかけしますが、ありがたくご厚意に甘えさせていただきます」


その言葉に、今度はフミが、


「そんなの、私の誕生日の方こそどうでもいいですよ。イチコとヒロ坊のお母さんの大切な日なんですから…!」


と慌てて手を振ります。そこに今度は、イチコが口を開きました。


「私は、あんまりピンとこないんだ。だって今でもお母さんのことはすごく身近に感じてるから。


もちろん、亡くなったことは悲しいし辛いけど、それだけじゃないって言うかさ。私の中に、確かにお母さんがいるんだよ。私が話し掛けたら応えてくれるんだ。いつでもね」


イチコの言葉に、今度は私はハッとさせられました。


『私の中に、確かにお母さんがいる』


そういう表現について、私はこれまであまり実感というものがありませんでした。ドラマなどではよく聞くものではありますが、正直申し上げて、演出上の<言葉の綾>の類だと捉えていたことは否めません。


ですが、イチコがそれを口にすると、すっと自然に納得させられてしまったのです。


母親の存在を今でもとても身近に感じているからこそ、必要以上に嘆くことがないのだと実感させられたのです。


「まあでも今年はちょうど学校も休みだし、みんながそうしたらいいって言ってくれるんなら、その日に会いに行ってもいいかなって思う」


イチコのその言葉が締めくくりとなって、この日の会合は終わりました。


母親を亡くしたイチコやヒロ坊くんがどうしてこんなに朗らかでいられるのか、その理由の一端を垣間見せられた気もしたのでした。


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