気合十分

夕方。いよいよ<お祭り>に行く時間です。


ただし、伝統行事としてのそれではない今日のお祭りは、浴衣などを着ていくほどは本格的なものでもないそうです。


なので、皆、普段着のままで出かけます。それでも千早とカナは、


「うお~っ! 屋台全制覇するぞ~!」


「いよ~し! 勝負だ千早~!」


などと、気合十分といった感じですが。


ヒロ坊くんもそこまでではないものの、


「僕もがんばるぞ~!」


と、果たして何を頑張るのかはよく分かりませんが、気合を入れているようです。


だけどそんな姿も愛おしくて、私は自分の頬が紅潮するのを感じずにはいられません。


と、そこに、


「こんにちは。今日はよろしくお願いします」


山下さんと沙奈子さんが合流しました。


途端に、


「沙奈~、カワイイよ沙奈ぁ~♡」


千早がそう言って沙奈子さんに抱きつき、頬ずりします。


いつものレクリエーションです。


そんな千早のノリには合わせませんが、沙奈子さんも決してそれを嫌がっている訳でないのは穏やかなその表情を見れば伝わってきます。


自身の過去と、玲那さんを攻撃する<世間>の醜さに心を閉ざし他人を拒絶しているように一見しただけなら見えてしまう沙奈子さんですが、山下さん曰く、


「よく見ると感情がすごく表に出てるんですよ。だからすごく分かりやすい子だと僕は思います」


とのことでした。


さすがに最初の頃はその違いが判らなかった私ですが、今では山下さんのおっしゃることも分かります。


沙奈子さんは、辛い時には辛そうにするし、疲れた時には疲れた表情をするし、嬉しい時には柔らかい表情になるのだということが、私にも分かるようになりました。


これは、私達がそれだけ近い存在だからなのでしょう。距離を置いている他人には分からないものが、見えているのでしょうね。




「よ~し、しゅっぱ~つ!」


全員が揃い、カナが音頭を取ります。


「お~っ!」


千早とヒロ坊くんがそれに応え、お祭り会場である小学校へ向けて出発しました。


十分と掛からず小学校前で来ると、私達と同じように子供連れの人達が続々と校門をくぐっていくのが分かります。


それに続いて私達も敷地内に入ると、


「うわ~、懐かしい。うちの学校でもこんな感じだったわ~」


「分かる。うちの学校もそうだった」


と、カナとフミが声を上げました。


カナもフミも私も、通っていた小学校は違いますが、カナやフミが通っていた小学校では同じようにお祭りをしていたそうです。私が通っていた私立の小学校ではそういうイベントはありませんでしたが。


すると、


「私は、来るの初めて!」


千早も声を上げたのでした。


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