報われた

今日はいよいよ千早のお母さんの誕生日です。


看護師をしているお母さんは昨日今日と夜勤で、昼過ぎまで寝ていて、夕方には仕事に行ってしまうとのことでした。


その間、誕生日パーティを開くことができるのは実質一時間程度だったと言います。


しかし、千早は、普段は朝からヒロ坊くんの家にいるところを敢えて自身の家にとどまり、前日から準備を始めた渾身のケーキを、お母さんが起きてくるまでに完成させたのでした。


そして、簡単ではありますが、千早の手作りパスタを中心としたメニューで誕生日パーティの体裁も整え、起きてきたお母さんに、


「誕生日、おめでとう」


と言ったのでした。


するとお母さんは驚いた様子で、


「なんだよ……この歳になったら誕生日なんか嬉しいもんじゃないんだよ…」


と吐き棄てるように言いつつ席に着き、千早のケーキを食べたのでした。


「美味しい……」


一言そう呟いたきり何も言わなかったそうですが、切り分けられた自身の分のケーキを食べ終わった時、お母さんの目に涙が光っていたそうです。


それを、ヒロ坊くんの家に来てから私に、


「ねえねえ! 聞いてよピカ姉! お母さんたら私のケーキ食べて泣いちゃったんだよ! 


私、お母さんが泣いてるとこ、始めて見た……!」


と興奮気味に話してくれたのでした。


その時の様子に、私はまた胸が詰まる気がしました。お母さんの目に涙が込み上げた理由が分かる気がしたのです。


きっとそれまで、そんな風に自分を労ってくれる人がいなかったのでしょう。千早のお父さんだった男性は、ロクに仕事もせずにパチンコ三昧で、仕事で疲れて帰ったお母さんに、


「ちょっと腰を揉んでくれ。朝からずっと台の前に張り付いてて痛くなっちまったんだ」


などと言って、一日パチンコをしていた自分を労わせたのだとか。


千早のお母さんがお父さんを家から追い出したのも、当然だと感じました。


しかし、その苛立ちをぶつけるかのように千早や彼女のお姉さん達に横柄に接したことで反発を招き、自分の子供にさえ労ってもらえなかったのでした。


それがようやく、千早によって報われたのです。


もっとも、事ここに至っても、千早のお姉さんたちは二人とも、一切、パーティの準備を手伝わなかったばかりか、自分の分のケーキを手にするとさっさと子供部屋に籠ってしまったと。


そう、お母さんを労ってくれたのは、唯一、千早だけだったのです。


だから感極まってしまっても無理はなかったのでしょうね。


けれど、お母さんからは労いの言葉もなく、ケーキやパスタを食べ切った後は早々に仕事に行く用意をして、いつものように「いってきます」とも言わずに無言で家を出て行ったとのことでした。


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