二つの現実
千早のお母さんの誕生日を終えて次の土曜日、千早とヒロ坊くんはまた沙奈子さんの家に料理を作りに行きました。基本的には日曜日が多いですが、都合がつけば土曜日に行くこともあります。
それに今回は、千早のお姉さんからカレーがリクエストされていたそうです。だからその為にも今日、作る必要があったのです。
そうして、いつものように千早とヒロ坊くんと沙奈子さんの三人で、絵里奈さん直伝の、ルーも含めて一から作るカレー作りをしている様子を、山下さんと一緒に見守ったのでした。
すると山下さんが、
「千早ちゃんの家の方は大丈夫そうですか?」
と訊いてきました。山下さんも千早のことを気に掛けてくださっているのです。沙奈子さんや玲那さんのことも案じた上で。
その大きな器を私も見習いたいと常々思っています。思いながら、
「はい、非常に順調だと言っていいと思います」
と返させていただきました。続けて、
「怒鳴られることも、暴力を振るわれることも皆無だそうです。家庭内での会話も以前に比べると増え、穏やかな雰囲気になったというようなことも言っていました」
千早から聞いていた家庭の様子を包み隠さず答えさせていただきます。
そんな私の言葉に、山下さんがホッとするのがその表情から伝わってきました。本気で千早のことを案じてくださっているのが分かります。
けれど、だからこそ、私は正直に言わなければなりません。
「ですが、まだ安心はできませんね。この状態が何年も維持され、そして次の世代にもきちんと引き継がれるかどうかを確認してからでないと完全に再生されたと断定はできないと思います」
と。
そうです。将来、千早が結婚し子供を持った時、お母さんやお姉さんと同じことを千早自身の子供に対してやってしまわないか、お姉さん達が自分の子供を持った時に、再び虐待を繰り返さないか、それを確かめてからでないと判断はつかないと私は思うのです。
そしてそれに関連して、カナのことが私の頭をよぎりました。ゆえに続けます。
「一度壊れてしまった家庭を再生するのは並大抵ではないと私も感じています。
カナの家庭もそうです。私の力では再生させることはできないと思い知らされます。しかし、同じ壊れるにも傷が軽く済む壊れ方というのもあるはずです。今回のカナの家庭のケースについては、そちらを目指すことになるでしょう」
ようやく再生に向かいつつある千早の家庭。
その一方で、壊れてしまったカナの家庭。
二つの現実を、私は正面から受け止めなくてはいけない。
それゆえに、
「本当は、千早のお姉さんたちやお母さんのしたことについてその罪を購ってほしいという気持ちも私の中にはあります」
とも言わせていただいたのでした。
その気持ちが私の中にあるという現実を受け止めなければいけないのですから。
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