だって優しいもん
八月に入り、今度の木曜日は千早のお母さんの誕生日とのことです。
そして千早は、お母さんの為にバースデイケーキを作ると張り切っています。
先日のイチコの誕生日にケーキを作ったのは、実はこれが理由でもあるのです。お母さんの誕生日にケーキを振る舞いたいという。
それは、普通ならば感動的な話でしょう。でも実は、千早がそれをするのは、必ずしもそういう美談を演出したかったわけではありませんでした。
「お母さんやお姉ちゃんたちが作ってくれなかったケーキを食らわせて、『どうだすごいだろ! ザマーミロ!!』ってやりたいんだよね~」
私に聞かせてくれたそれこそが、千早の本音だったのでしょう。
彼女は決して、お母さんやお姉さんをただ許した訳ではないのです。単に、報復などしようとすれば余計に面倒なことになるというのを察しただけでした。
かつて、自分の代わりに私にお姉さん達への<仕返し>をしてもらおうと望んでいた彼女はもういません。
けれど、彼女が報復を諦めたのは、私が滾々と報復の応酬のデメリットを説いたからではありませんでした。そうではなく、私やヒロ坊くんとの何気ない日常的な触れ合いの中で、彼女は自然と、揉め事を起こしてこの大切な平穏を壊したくないと思うようになってくれたのでしょう。
千早が最も長く一緒の時間を過ごすのは、実は私ではありません。学校で同じクラスであるヒロ坊くんなのです。
そして学校では常に二人は一緒に行動していました。いえ、厳密には沙奈子さんを含めた三人ですが。
五年生ともなると、普通の男の子はいろいろと意識してしまってあまり女子と行動を共にしたがらないこともあると聞きますが、彼は違っていました。
彼にとって重要なのは、男性か女性かではなく、あくまで気が合うかどうかなのだと言います。
「前の千早ちゃんはちょっと苦手だったけど、今はもう平気だよ。だって優しいもん」
以前、千早のことをどう思っているのか尋ねた私に、彼は気負うことなく、上辺ではなく、正直な気持ちとしてそう言いました。それこそがまさに今の千早を表しているのでしょう。
お母さんやお姉さんのことは許せない。許せないけれど、ケーキを作ってみせて『ザマーミロ!』って言いたいけど、でも、それでもお母さんの為にケーキを作ってもいいと思えるようになった千早についての、彼の本音でした。
以前の千早なら、
『ケーキ? 誰が作るかよ、ベーだ!!』
とか言ってもまったく不思議ではありません。彼女がもしその時のままであったなら、ヒロ坊くんもそこまでは言ってくれなかったかもしれません。
彼や私達と一緒にいる時間を大切だと思ってくれるようになったから、私達は一緒にいられるのですね。
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