機を見るに敏

今日の料理は、肉じゃがです。すでに何度も作っているので、手慣れたものでした。


私も山下さんも安心して見守っていられます。ビデオ通話の画面の向こうでは、玲那さんが何かの作業をしていました。


と、その時、玲那さんが慌てたような動きをしたかと思うと、


『沙奈子ちゃんのドレスがもう売れたーっ』


というメッセージが画面に表示されたのです。


すると、


「早っ!」


と私の耳を打つ声が。


山下さんでした。山下さんが驚いたように声を上げたのです。そんな山下さんに向けて玲那さんからメッセージが届きます。


『前回、沙奈子ちゃんのドレスを買ってくれた人だ。待ってたんだな~』


沙奈子さんが手作りした人形のドレスが売れたという話でした。


というのも、実は、沙奈子さんには、料理以外にも裁縫の才能があって、人形の為のドレスを自身で手作りしてたのですが、それを試しにフリマサイトに出品したところすぐに売れて、しかも再度出品したものがさらにすぐに売れたのだそうです。


『前回のよりもさらに出来が良かったからちょっと高めに設定したんだよ。それでもこれだもん。ガチだよね』


「そうなんだ…」


玲那さんと山下さんのやり取りに、私の胸の中でも何かがサワサワと波を立てるのが分かりました。だから自然と言葉が漏れ出てしまったのでしょう。


「本当にすごいですね。ひょっとしたら私は、新しいブランドの誕生の瞬間に立ち会ってるのかもしれないと、少し興奮してきています。


今後もし、本当に起業することになれば、私も出資させていただけないでしょうか?」


「は…はい…? 出資ですか…?」


突然の私の申し出に、山下さんが呆気にとられたように声を上げます。


ですが私にとってはごく普通のことでした。私は本気でその直感を得たのです。これは、ビジネスになると。


「はい。出資です。事業展開するのなら当然、考慮に入れるべき話です。


私は千早の為に皆さんのお手伝いをさせていただいていますが、同時にリターンが望めるのだとすればそれを見逃すほど純情ウブでもありません。『機を見るに敏』も私の信条ですから」


流れるがの如く言葉を並べる私を見るこの時の山下さんの姿を、


『目を白黒させている』


と言うのだろうと感じました。


こういうことをすぐにビジネスに結び付けることを『浅ましい』と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、しかしこの種のチャンスは常に身近にあるのだと私は感じます。


それに、山下さんの御家族にとっては切実な問題があり、それを一気に解決する妙案でもあるのです。


なにしろ、玲那さんは今、<殺人未遂事件の前科>が付いているのですから。


前科を持つ身での再就職がいかに難しいか、今さら私が語るまでもないでしょう。


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