打算だけで

日曜日。今日はいつものように山下さんのところで料理の練習です。


と言っても、既に<練習>の必要もないほどに千早もヒロ坊くんも料理の腕は上達しましたが。


なので、ほとんど遊びに行ってるだけなのでしょう。千早にとってもヒロ坊くんにとっても、沙奈子さんとの三人で一緒に料理をするのは、<遊びの一種>なのです。


わいわいと笑顔で話しながら料理を作っていく様は、なるほど完全に遊びにしか見えません。


ですが、そうやって楽しみながらできるというのがいいのでしょうね。楽しいこと、面白いことというのは頭に入ってきやすいでしょうから。


勉強が苦手なお子さんでも、好きなゲームのキャラクターの名前はすべて覚えていたり、複雑なゲームのルールを理解していたりしますね。きっとそういうことだと思うのです。


だから私も、三人の勉強を見て差し上げている時には、決してイライラしている様子を見せないように心掛けています。ヒロ坊くんの家庭教師をかって出たばかりの頃はそれが理解できておらず、思い通りにならないことにイライラしてしまって彼のやる気を削いでしまったりという失敗もありました。


その経験を活かすという姿勢を見せることが、子供への手本となるのだと今は思います。


私はヒロ坊くんのことが好きです。でも、同時に、千早のことも沙奈子さんのことも大切なのです。ヒロ坊くんさえよければ後はどうでもいいという態度を見せると、彼はきっと私を軽蔑するでしょう。


そういう打算もありつつ、でも千早のことも沙奈子さんのことも、打算は抜きにして『可愛い』と素直に思えます。


それはきっと、千早や沙奈子さんが懸命だからというのもあるのでしょうが。


小学五年生の子供でありながら、自らの人生に真摯に向き合っているという印象を強く受けるのです。だから私も、できることであれば力になりたいとも思えるのでしょう。


他人にそう思ってもらえるには、普段からの姿勢というのも重要ですね。


かつての私のように、かつての千早のように、他人を見下したり蔑ろにしているような人では、進んで『力になりたい』と思っていただけないでしょうから。もしそう思っていただけるとしても、それはきっと、私が持つ<力>を当てにした、ただただ打算だけでしかないでしょうし。


そういう打算だけで人は動くものだと考えていた時期が私にもありました。綺麗事を口にする方など、ただ現実が見えていないだけの理想主義者に過ぎないと思っていました。


実際に、現実を見ずにただ理想だけを掲げている方も少なくはないのでしょう。ですが、現実を見た上でなお気高くあろうとする人も確かにいるのだと、今なら自信を持って言うことができるのです。


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