美味しいホットケーキ

ヒロ坊くんやイチコや山仁さんが千早やカナや沙奈子さんのことを当たり前のこととして受け入れるのは、実は<博愛主義>と呼ばれるものや<善意>ではありません。あくまで合理的かつ自らの利になるからだそうです。


そうすることで無用な軋轢を生じさせず、平穏さを保つことができるからそうしているだけなのです。


私も、ただ綺麗事を並べる方々や、いわゆる<可哀想な人達>に同情的に振る舞うことで自己満足を得るタイプの方々については不信感しかありません。ですが、ヒロ坊くんらは、単なるポーズとしてやってるのではないのが分かり、とても自然に私には見えました。


だからこそ、千早も、カナも、沙奈子さんらも、山仁やまひと家の人々を信頼し、それに報いる為に努力できるのでしょう。しっかりと実利を引き出しているのです。


山仁家にいる間の千早は本当に明るくて、とてもいい子です。


でも、夜になり、私が彼女の家に送り届ける時には、まるで別人のように冷めた表情になってしまっていました。特に最初の頃は、家に帰ること自体に覚悟が必要で、悲壮な決意を込めた表情をしていた気さえします。


それほど、お姉さん達やお母さんがいる自身の家は彼女にとって好ましくない場所でした。


しかし、千早が沙奈子さんの家で料理を学び、それを自身の家でお姉さん達に振る舞うと大変に好評で、今では、食事の用意はほぼすべて千早が用意している状態になっています。


小学生の子供に食事の殆どを作らせていることに眉を顰める方もいるでしょう。ですが、それまでの石生蔵いそくら家の食事と言えばレトルトかインスタント、たまにお姉さんがホットケーキを焼いたりすることはあっても、千早には失敗して焦げたものや形の崩れたものしか与えてくれなかったそうです。


千早が沙奈子さんにホットケーキ作りを学ぶことになったきっかけがまさにそれでした。


『美味しいホットケーキを食べたい』


というのがあったのです。


そんなささやかな子供の願いすら、彼女の実の家族は叶えてくれなかったのです。それどころか、他人に対して攻撃的に振る舞うことこそが人としての在り方だと言わんばかりの態度でしか接することがなく、それを学んだ千早は、沙奈子さんに辛く当たったのでした。


そのことについて、


『親や家族の所為にするな!』


と言う人はいるでしょう。ですがそれは、所詮、<加害者側の理屈>でしかないと今の私は思います。自身が理不尽に振る舞いたいのを正当化したいが為に、自らが他人に与える影響について認めたくないが故に、そういうことを言うのだと、分かってしまったのです。


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