恋のライバル

沙奈子さんの家庭は本当に複雑で、それを上手く説明できる自信はありませんが、一応は説明しておきたいと思います。


山下達やましたいたるさん。沙奈子さんの血縁上の叔父にあたる方で、疎遠になっていた実の兄である人物に沙奈子さんを押し付けられる形で引き取り、養育していらっしゃる方です。


山下絵里奈やましたえりなさん。山下達さんの元同僚で、去年の暮れに入籍し、夫婦になられたそうです。なので沙奈子さんとは血縁上でもそうですし、現時点では書類上でも母親ではありませんが、沙奈子さんのことをとても大切に想ってらっしゃって、実の母子以上の結び付きだそうです。


山下玲那やましたれいなさん。彼女も実は山下達さんの元同僚で、かつ絵里奈さんとは同期でもあります。それでありながら山下達さんと養子縁組を行い、法律上の親子となったことで、実質的には沙奈子さんのお姉さんとなりました。幼い頃から実の両親を中心とした多数の方々から過酷な虐待を受け、それが原因で今回の<事件>に至ったのは間違いないでしょう。


事情を知らない他人からは非常に奇異にも見える家族関係であると思われますが、山下達さんと絵里奈さんを両親とし、玲那さんと沙奈子さんが姉妹という形で成立した<山下家>は、それが本来の姿であったかのように紛れもない<家族>として幸せを得ていたのです。


それが故に、玲那さんが、


『実の父親を包丁で刺す』


という事件を起こしてしまってもなお、家族としての絆は揺らぐどころかさらに強固になったように思われます。


たとえ、幼い頃から虐待を受けたことで強く心を閉ざしていた沙奈子さんが、山下さん、絵里奈さん、玲那さんからの愛情によって明るくなりかけていたところに、玲那さんの事件に伴う<世間からの敵意>に再び心を閉ざしてしまうということがあっても……


そんな沙奈子さんを、今、ヒロ坊くんと千早も支えようとしています。実際、学校では二人が沙奈子さんの良き理解者として存在しているのです。


ただ、実は、ヒロ坊くんと千早の間で起こったトラブルは、沙奈子さんを巡ってのことでもありました。当時、ヒロ坊くんを<自分に都合のいい可愛い弟>のように感じて独占しようとしていたところに沙奈子さんが現れ、ヒロ坊くんが彼女を気に掛けていたことに嫉妬して沙奈子さんにきつく当たったりもしたことがきっかけになったのでした。


それが今では、千早は、自らの本当の望み、


『優しいお姉さんが欲しい』


に気付いて私を姉として慕うことで彼のことについては割り切ることができ、それによって生じた心の余裕でもって沙奈子さんを支えることができるようになっていたというのが、大まかな事情なのでした。


つまり、千早は今、<彼を巡っての恋のライバル>ではなくなっていたのです。


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