アクシデント その1

恐らく、私が易々とイチコに懐柔されたように見えて納得できない人もいるでしょう。


でもそれは、物事を一面でしか見ない人の考えですね。私は必ずしも懐柔された訳ではないのです。それよりは、本当に、イチコという人に関心が移っただけと言った方が近いと自分では思っています。


彼女の人となりを知り、どうしてそのような考えを持つに至ったのかを知りたかったというのが一番の理由なのですから。


ただそれも今では、<彼>の方が重要になってしまっていますが。


彼のことを知れば、結果としてイチコのことも分かるのだろうと今は考えています。




フミやカナと和解し、イチコも含めて<友人>になれた私は、改めて彼女達との親交を深める為にイチコの家を訪れ、そして彼との出逢いを果たすわけです。


けれどそこに石生蔵千早いそくらちはやさんの件が起こり、私はまた、暴走してしまったのでした。


人間というものはそんなに一足飛びに成長するものではないと思い知らされます。


ただそれもいくらかは落ち着きを取り戻し、冷静に考えることができるようになった頃、ある情報がもたらされたのです。


それは、私が石生蔵さんについていろいろ聞き込みをしていたことで気を利かした隣のクラスの人からもたらされた情報でした。


石生蔵さんの家は母子家庭で、看護師をなさってるお母さんと、中学三年生のお姉さん、中学一年のお姉さんがいるのですが、お母さんは看護師だけあって仕事が忙しい上に時間も不規則であまり家庭のことができず、家のことはお姉さん二人が事実上仕切っているそうです。


しかもお姉さん二人は結構気の強い方で、怒鳴り合ってケンカする声や、石生蔵さんを激しく叱責する声が近所にも聞こえるような家庭環境とのことでした。


そのためか、石生蔵さんは周囲に、


『自分の言うことを聞いてくれる弟が欲しい』


というようなことをかねてから言っており、その欲求を満たすかっこうの相手が、小柄で優しい彼だったというのがあちらの事情と思われました。


正直申し上げて私にとっては取るに足らない非常に浅薄な理由だと感じたというのが正直なところでしたね。


イチコ達と出会う以前の私なら、きっと嘲笑していたでしょう。


しかし、フミやカナがそれぞれ家族との関係を苦痛に感じ、それをイチコに癒してもらっていることを知っている今の私は、


『石生蔵さんは、フミやカナと同じような理由で彼のことを求めているのかもしれない……』


そう考えれば、さすがにイチコの弟さんだとも思ってしまうのでした。


『だとすれば、私は……』


その気持ちを嘲笑う気にはなれなかったのです。


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